14.公爵令息の憂い
足元がおぼつかないミューラー公爵様は、瞳に粗暴な光を浮かべながらマリアベル様を見下ろす。
「王太子殿下の婚約者に選ばれなかった無能めが」
「ゴホッ。申し訳ございません」
「全く……商談は破談になるし散々な1日だ! クソッ!」
そう言い捨てミューラー公爵様は荒々しく部屋を出て行った。
「シェリル嬢はまだここにいて」
レイモンド様はクローゼットから飛び出し、マリアベル様を抱き抱える。
水の攻撃魔法のせいでビシャビシャに濡れたマリアベル様は、床に座り込み震えていた。
「……レイ兄様」
「マリーごめん。僕が隠れたばかりに君が父上の標的になってしまった」
レイモンド様は、マリアベル様を風魔法で乾かした後そっと抱き上げベッドに寝かせた。
「レイ兄様、謝らないで。いつも魔法で守ってくれて感謝してるわ……シェリル様」
マリアベル様に呼ばれ、私もクローゼットの外へと出た。目の前で起こったことがまだ信じられない。
私は何も出来なかった。そして今も。白魔法使いなら、こんな時に回復魔法を期待されることは分かっている。
「マリアベル様ごめんなさい。私は回復魔法が使えないんです」
神殿にいる時に浄化魔法のほかにも色々な白魔法に挑戦した。しかし私は魔力が濃くコントロールもままならないため、人体に関与する回復魔法は危険とされたのだ。
「とんでもございません。何日も床に伏していた苦しさを治していただいたのです。感謝しかありませんわ」
マリアベル様は弱々しく微笑んだ後、そのまま声を振り絞って続ける。
「仰られていた指輪は、屋敷の地下にある宝石庫へと戻してあります。レイ兄様と共に向かって下さい」
マリアベル様のその言葉に、私は頷く。
ミューラー公爵様が屋敷に戻った今、本当なら私はすぐにでも帰った方が良いのだろう。
しかしこのまま帰ってしまうと、また同じことが起きそうな気がする。今すぐにでもあの指輪を浄化しなくてはいけないという焦燥感にさえ駆られている。
レイモンド様を見ると、彼も頷いてくれた。
「父上はあの状態だし当分は大丈夫だ。宝石庫まで案内するよ」
「ありがとうございます。マリアベル様、お大事にになさってくださいませ」
「ええ、シェリル様。……またゆっくりお話ししたいですわ」
「私もです。近いうちに是非」
そうして私はレイモンド様と共に、マリアベル様の部屋を後にした。
◇◇◇
「驚いただろう。父上はずっとああなんだ」
「そうだったのですね……」
レイモンド様と私は地下へと繋がる階段を降りていた。
「商売一筋で、自分の子供を虐待し、挙げ句の果てには領地のことまで疎かにしている」
レイモンド様はふっと鼻で笑った。
レイモンド様とマリアベル様のお母君は、マリアベル様の出産で命を落とされたと聞いている。幼い兄妹だけでどれだけ頑張ってきたのだろう。
「領地は僕が試行錯誤してようやく成り立っている状態でね」
「…………」
「僕はこの家に尊敬や誇りを持てないんだ。シェリル嬢の所との家同士の対立なんてのも心底どうでもいい」
先導してくれているレイモンド様。彼の背中しか見えずどんな表情をされているのかは分からない。
ミューラー家のことを、レイモンド様のことを知れば知るほど胸が痛くなる。
「正直こんな家、滅んでしまえば良いとさえ思うよ」
「そんな」
「僕は婚約者がいないだろう。今後も作る気はないんだ。そうして静かに衰退していけば良い」
レイモンド様の声は恐ろしく冷たい。彼が言葉を発する度にだんだんと悲しい気持ちになっていく。
「僕には両親から愛された記憶がない。愛なんて分からない。その上あの非情な父上の血が通っている」
「レイモンド様」
「恐ろしいんだ。愛を知らない僕が、自分に流れる血が、父上と同じ末路を辿らせそうで」
「……そんなことありませんわ」
私は我慢できずに立ち止まる。レイモンド様はゆっくりとこちらを振り返った。その瞳はまた何も映していない。
ぐっと両手に力を入れる。
ずっと思っていた。瞳に他人を映さないレイモンド様が怖いと。でもそうでなかった。他人を恐れているのはレイモンド様の方だ。
「ミューラー家はこの国の建国に携わった重要な家門です。レイモンド様にお父君の血が流れているというのであれば、先代も先々代も、それこそ建国に尽力したお方の血も流れておりますわ」
「…………」
「お父君がミューラー家にそぐわない行動を取られているとしても、それはお父君の問題でありレイモンド様が必ずしも引き継ぐわけではありません」
私は息を吸い込み、レイモンド様を真っ直ぐに見つめる。
「貴族は確かに血を大切にしますが、結局は自分次第だと私は思います」
「シェリル嬢……」
レイモンド様の瞳に少しだけ光が宿った気がした。私はその瞳に訴えかける。
気付いてほしい。レイモンド様はそんな冷たい人間ではないと。
「以前レイモンド様はご自身のことを利己的だと仰いました。しかし利己的という言葉は “ 己” の部分に誰を入れるかによって、見方は大きく変わります」
「…………」
「そこに自分1人を入れるのだとすれば私欲と同義でしょう。しかしレイモンド様は違います。大切な妹君のマリアベル様はもちろん、領民や領地、ご自身の守りたい全てが入っているのだと思います」
「っ」
「貴方は自分の大切にしたいものを守れる方です。領民からしたら良き領主であり、マリアベル様からすると良きお兄様です」
「良き領主……兄……」
レイモンド様は目を見開く。
「レイモンド様はお強い方です。あなただけはミューラー家としての矜持を見失ってはなりません」
「矜持……」
「そしてその能力を商売で使えば理想の経営者となりますわ。ああ、やっぱり勿体無い……レイモンド様は経営者となってお父君の商会なんざぶっ潰してしまえば良いのです!」
言い切ったあと、私はハッとする。
(思わずレイモンド様に思いの丈を全てぶつけてしまった……)
しかも最後はレイモンド様のような有能な方に商売をして欲しいという自分の願望を口にする始末。
(……最悪だわ)
自分の発言に後悔しつつ、恐る恐るレイモンド様を見ると彼は前屈みになって震えていた。
「レイモンド様?」
「っはは……っく」
「!」
レイモンド様は何故かお腹を抱えて笑っていた。
「な、何がおかしいのです?」
「シェリル嬢は印象と違って、気持ちの良いご令嬢だね。……僕が人を愛する気持ちを知っていたなら、君のようなご令嬢を愛したかもしれないよ」
レイモンド様は姿勢を正して、私のことを優しく見つめて少し悲しそうな顔をする。
その姿に私はこてんと首を横に倒した。
「あら。レイモンド様は愛をご存じです」
「??」
レイモンド様もつられて首を横に倒す。緩い癖毛が少し揺れた。
「レイモンド様がマリアベル様を想うあの気持ち。あれは愛です。マリアベル様がレイモンド様を想う気持ちも同様です。愛し愛されてますよ」
「それは妹を想う気持ちだよ」
「ええ、家族愛です。結婚すればお相手も家族になりますから、レイモンド様は既にお持ちです」
「しかし」
「それ以上の愛について知らないというのであれば、これから知っていけばいいのです」
「!」
レイモンド様の瞳は、今度こそ私を映す。
「私もまだ知らないことが沢山あります。お互いまだまだ伸び代があるということですよ」
「はは……シェリル嬢。君は、君には、色々と気付かされることが多いよ」
「そ、それは良いことでしょうか?」
「うん……っははは」
レイモンド様は私を見つめて微笑んだ。何だかよく分からないが、彼は気怠げな重々しい雰囲気から憑き物が落ちたような軽い雰囲気になっていた。私もつられて笑顔になる。
「長話しちゃったね。先を急ごう」
「……はい」
私たちは再び、歩を進めはじめた。




