12.森の中で
明るい太陽が森の中を照らす。
昨日の雨のせいか地面が所々ぬかるんでいて、湿った落ち葉のような匂いが漂っていた。
「はあ……」
友人が頭をがっくりと下に向けると、それについていくように赤髪がサラリと靡いた。
「そう気を落とすな。王都を空けるのはたった5日だろ?」
「たった? 夜になってまた陽が昇ることを、これからまだ4回も繰り返すんですよ?」
「相変わらず面倒くさいなお前」
この王国の第二王子である私、クリストフ・ハワードは友人であり王宮騎士であるアレン・アッシュフィールドを見やる。
アッシュフィールド伯爵家は、現伯爵が子宝に恵まれなかっただけで、代々レベルの高い騎士や魔法使いのエリートを輩出している家門だ。
そんな伯爵家に養子として迎えられたアレン・アッシュフィールドは、生まれた時から魔法の鬼才、剣を握れば剣の天才だと言われ1000年に1人の逸材と呼ばれた。
現在は騎士団に入団し、いずれ来るであろう有事の事態に備えながら王宮騎士をしている。
ゆったりとした余裕のある言動と美麗な容姿も相まって、ご令嬢達からの人気はおろか、最近はなぜか騎士団員からの人気も高い。
しかし……彼女が関わると、一気にこの様だ。
「シェリル嬢はお前の魔力をぷんぷんさせすぎてる。事情は知っているがやりすぎだぞ、あれは」
「ふふ。シェリルの反応が可愛いから、つい流しすぎちゃうんですよね」
口に手を当て、何を思い出しているのか頬を染めつつニヤニヤと笑う気持ちの悪いアレンに、私は顔が引き攣る。
「あんなにお前の魔力が身体からダダ漏れのご令嬢に近付こうなんて奴はいないだろう」
「……そう思っていたんですけどね」
さっきのニヤついた顔が嘘のようにアレンの顔が曇る。この表情に心当たりはある。
「レイモンド・ミューラーがシェリル嬢にちょっかいをかけていないかが気がかりなんだろう」
「殿下、今その名前は聞きたくありません。周りの木々をひとつ残らずうっかり薙ぎ倒してしまいそうです」
「うっかりでそんな物騒なことはやめろ」
レイモンド・ミューラーはシェリル嬢と夜会で接触したそうだ。
ただ会話しただけと聞いているし、その後アレンの騎士服を羽織ったシェリル嬢が、バルコニーから帰ってきた話の方が有名だ。そして……
「夜会会場に穴を開けたにも関わらずまだ気持ちを整えられていないのか?」
「穴は翌日、俺が修復しました」
「そういう問題じゃない」
天才魔法使いと謳われる彼だが、シェリル嬢に対してかなり拗らせていることは今にはじまったことではない。
それでも今回の「シェリル嬢 婚約者探しの専属護衛」をフォンク公爵へ申し出たと聞いた時は、落ちるところまで落ちたかと思った。
「そんなになるくらいなら、さっさとシェリル嬢に婚約を申し込めば良いものを」
「そんなことはアッシュフィールド伯爵家の養子になった時からずっとしています。なのにあの狸ジジイ……」
アレンが平民として暮らした期間は8歳までと聞いているが、時折口が悪い。
ここまでくると育ちではなく本人の性格が黒いのだろう。普段よく隠しているなと感心する。
「公爵家を通すからフォンク公に揉み消されてるんじゃないのか? まずは本人に直接言えば良いじゃないか」
「言えるなら言いたいですよ。でも誠実じゃない」
「そうか?」
「それに、もしかしたらシェリルは魔力調整が良いだけかもしれない」
「は? どういうことだ?」
「身体……いや魔力だけの関係をシェリルは好きと勘違いしているのかも」
「お前何言ってんだ」
「まあそれでも良いんですけどね。俺が彼女の1番近くにいれるならなんでも」
全く話の通じないアレンに辟易としていると、彼は遠い目をしながら口を開く。
「……殿下、やはり目的地まで飛びませんか。大幅に時間短縮できます」
「やめろ。皆がお前の魔力に耐えられると思うなよ」
「ああ、早く帰りたい。シェリルの顔が見たい」
アレンはぶつぶつと文句を垂れ流している。
「そもそもこれは王命だ。お前王宮騎士だろ」
「長期休暇中です」
「この件もシェリル嬢に関わることだぞ」
「……はあ」
シェリル嬢のこととなるとかなり面倒くさいこいつは、いつになったら彼女に本心を打ち明けるのだろうか。
「フォンク公爵が娘の婚約者候補に手紙を送った」「ついにあの公爵令嬢も婚約か」と王宮内で噂になった時の、表情がすっぽりと抜けたアレンのあの顔は忘れられない。
その後すぐに王宮を出て行き、公爵家へと直談判しに行ったと聞いた時はさすがに頭をかかえた。
昔からこいつはシェリル嬢のことしか頭にない。
「……5日は長い、か」
私はややどんよりした空を見上げた。
この5日間、シェリル嬢がレイモンド・ミューラーと接触せず何事もなく平和に過ごしていることを祈るばかりだ。




