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10.遭遇


 夜会から数日経ったある日。

 私は王立学院の中にある図書館に来ていた。



 アレンとはあの夜会以降、会えていない。きっとクリストフ殿下と話していたことに関係しているのだろう。



 王族であるクリストフ殿下が、わざわざアレンのもとへ出向くほどの何かがあったのだ。火急の用だったことが窺える。



 私はというと、アレンの護衛対象としてこれから頻繁に行動を共にするのではないかと思っていたので少しホッとしていた。





 図書館は天井がアーチになっており、壁面にはいくつもの本が所蔵されている。



 書棚の前には机と椅子が並べられ、人々が本を開いていた。



 (ここはいつ来ても心が踊るわ)



 この図書館は王立学院内にあるが、貴族であれば自由に入って本を手に取ることができる。



 私は壁面に並ぶ書物を視線で撫でながら、目的の本棚まで足を進める。



 そもそも私が神殿から家へと戻ったのは、貴族教育を受けるためである。実際、戻ってすぐに家庭教師を付けてもらった。



 聖職者には知識人が多く、実のところ神殿でも教育を受けていたため苦労はしていない。しかしフォンク公爵家の令嬢としては少し心許ないところがある。



 そのため、こうして図書館へ足を運んでは様々な知識を頭に叩き込んでいるのだった。





 私は目星のつけた本棚の前で立ち止まり、静かに本を探す。



 (……あった)



 目的の本は私が腕を上に伸ばした所よりも、やや高いところにある。



 「あと少しなのに。仕方ないわね」



 左右を見ると端っこに梯子が立てかけてあった。



 慣れた手つきで移動させ、足をかけて登り、本を手にとろうとしたが……。



 梯子の位置が、本の場所からややズレていた。



 「………………」



 一旦降りて位置を直し、再度登るということも考えた。しかし頑張れば手が届きそうだったため、このまま強行突破することを選ぶ。



 私は片手で梯子をしっかり持ち、もう片方の手を横にめいっぱい伸ばした。



 (あとちょっと!)




 「!!」



 もう少しで手が届くというところで、下から白く筋張った手がスッと伸びてきて、本を掴んだのだった。



 「えっ……」



 思わずその本から手、手から腕と辿っていき、誰であるか確認する。





 「レイモンド様?」



 私と目が合ったレイモンド様は、口の端を綺麗に上げた。



 エメラルドような緑色の瞳に、しっかりと私を映すレイモンド様に少しドキリとする。



 「レディがそんな危ないこと、およしなよ。……お目当ての本はこれかい?」

 「あ、はい。ありがとうございます」



 いそいそと梯子を降りて、レイモンド様から本を受け取った。



 「経済学の本か」

 「はい。分からないところがあったので確認したくて」

 「へえ。ちなみにどこなんだい?」

 「え?」

 「分からない箇所」



 レイモンド様は書棚の前にある椅子を引き、私に座るよう促した。



 こうエスコートされてしまうと、座らなくてはなんだか申し訳ない。私はおずおずと席に座って本をめくっていく。



 隣の席にレイモンド様がゆったりと着き、手元を覗き込まれる。



 「ここです。この部分が今ひとつ分からなくて」

 「ああ、ここは小難しく書かれているから一見理解しにくいと思われがちなんだけど、決まりを知ると簡単だよ」

 「決まりですか?」

 「そう。覚えることが多くて最初は大変かもしれないが、数をこなしていくと慣れる。前の章にあったものを用いるとより効率的なんだ。ほら、ここの――」



 (……凄い。説明に無駄がなくて、とても分かりやすい。こんなスラスラと教えられるなんて完璧に理解していたとしても難しいんじゃないかしら)



 「――っていう感じ。お分かりかな?」

 「はい……とても分かりやすかったです」

 「シェリル嬢のお気に召したようで何よりだよ」



 上品に笑うレイモンド様だが、今までどれだけ机に向かって学ばれたら、ここまで上手く教えられるのだろう。



 きっとそこには血の滲むような努力があったに違いない。



 「先日の夜会で商売に興味がないとお聞きましたが、勿体無い気がします」



 私が思ったことをそのままレイモンド様に伝えると、彼の瞳にふっと影が落ちた。



 「……僕はとても利己的な性格でね。こんな人間に商会を運営させるのは良くない」

 「…………」



 私はレイモンド様の苦しそうな表情に思わず黙り込んでしまった。そんな私を見て、レイモンド様はふっと息を吐く。



 「シェリル嬢が困っていた箇所だけれど。それより分かりやすい本が我が家にあるんだ。良ければ貸すよ」

 「!! ぜひお願いします」



 もっと分かりやすい本があるだなんて願ったり叶ったりだ。



 「よし。じゃあ行こうか」

 「えっ、今からですか?」

 「今日は父が留守にしているから都合が良いんだ」

 「……なるほど」



 商売敵であるフォンク家の私が、ミューラー家の敷居を跨ぐとなるとミューラー公爵様は良く思わないだろう。



 「今日を逃すといつ貸せるか分からないし」

 「!!」

 「外に馬車を待たせてあるから、一緒に乗っていくといい」

 「……ではお言葉に甘えて」



 本の誘惑に負けた私は、レイモンド様と共に外へと歩みを進めた。

 


 隣にいるレイモンド様の視線には全く気付かずに――。


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