1.壊れてしまった魔道具
パリンッ!!
耳を覆いたくなるような衝撃音がする。
目の前の大きな水晶玉――魔道具は砕け散っていて、破片はキラキラと光に反射しながら消えていく。
「――まずいわ」
「シェリルお嬢様! いかがなさいましたか!!」
扉が乱暴に開けられ、バタバタと使用人たちが部屋の中に入ってきた。そして消失していく破片と私を交互に見て固まる。
「なんと……魔力を吸収する水晶玉が」
「旦那様が大金をはたいて購入されたという魔道具が」
唖然とする彼らを横目に、私は静かにため息をつく。
やってしまった。ついにやってしまった。
この世界では誰しもが、多かれ少なかれ魔力を持っている。
フォンク公爵令嬢である私、シェリル・フォンクも例外なく魔力を持っていたのだが。
生まれつき魔力量が凄まじく多かった。
そのことが原因で幼い頃、私は魔力の制御が出来ず『魔力暴走』を引き起こして生死を彷徨ったのだ。
『魔力暴走』とはいわゆる魔力の循環不良だ。これが起こってしまうと、体内で暴走する魔力に苦しんで意識を保てなくなり、最悪の場合は死に至ってしまう。
いつまた魔力暴走になるか分からない私の状態を懸念したお父様は王宮へと相談し、私は神殿へ預けられることとなった。
神殿内での生活は魔力暴走の心配もなくとても平穏だった。
祈りを捧げて、身にあまる膨大な魔力を祭壇へ放出できたからだ。
神殿で魔力を放出してやり過ごし、成長と共に自分自身で制御できるようになっていくという手筈だったのだが。
歳を重ねるにつれ、制御どころか魔力量は増して濃くなり、現在も私は魔力暴走に陥る可能性と隣り合わせで暮らしている。
……そう。お察しの通り、神殿での暮らしでも自分の魔力を制御することもコントロールすることも出来なかったのだ。
もういっそのこと女司祭を目指そうかと思いはじめてきた頃。貴族としての教育を受けるため、私は公爵家に戻った。
そこで私が魔力暴走を起こさないために、お父様が用意してくれた物があの水晶玉の魔道具だ。私の溢れ出てしまう魔力を吸収してくれる優れもの。
しかしそれも、私がついさっき流した魔力の反動で壊れてしまった。
「……私、神殿へ帰されるのかしら」
それも良いかもしれないと思いながら、消えゆく破片を使用人達と同様、目で追った。
◇◇◇
お父様の書斎に呼ばれたのは、翌日のことだった。
「シェリル。あの水晶玉を割ったそうだな」
「……すみません」
「魔力を流し過ぎるなと言ったはずだが?」
「言いつけは守っておりました。決められた量の魔力しか流しておりません。多分」
「ふむ……」
なにせコントロールができないのだ。1を流そうとして10を流してしまったことも、あるかもしれない。
お父様は顎に手を当てて何かを考える様子をみせる。
父はフォンク公爵家当主でありながら、凄腕実業家の一面もある。そこを通じて、私のために買ってくれた高価な魔道具だったのだ。申し訳なさすぎる。
「魔力暴走も時間の問題かもしれんな」
「…………」
「あいつを呼ぶか」
「えっ」
風に揺れる赤い髪とベルガモットの甘い香りが頭によぎり、必死にかき消す。
「お前が魔力暴走で苦しむ姿は見たくない。それに……」
「アレン・アッシュフィールドは呼ばなくて結構です」
不意に何かに同情するような顔をしたお父様と目が合い、私はとっさに顔を背ける。
「そんなにあいつが嫌いか?」
嫌いなわけない。むしろその逆で困っている。
「お前のいつ暴れ出すか分からん魔力を、道具に依存せず調整できるのは身近にあいつしかいない」
「それ以外の方法はないのでしょうか。たとえば神殿へ戻るとか」
私はこの生活にも、貴族社会にも未練はない。
しかし神殿の名前を出した瞬間、お父様はあからさまに気まずそうな表情をした。
「お前が神殿で祈りを捧げ、魔力を流していた祭具は壊れたそうだ」
「えっ」
「神殿へ戻って祈りを捧げたところで、もうお前の魔力を吸収できるものはない」
「……そんな……」
私の魔力を放出する場所がひとつもなくなってしまった。
そのことに絶望を感じつつも、顔に出さないよう必死に我慢する。そんな私を見たお父様は、ゆっくりとため息をついた。
「……あいつ以外の者に頼むということなら可能だ」
その言葉に驚き、パッと顔を上げる。
「アレン以外?」
「そうだ」
「そんな方……いらっしゃるのですか?」
「全属性の魔力を待ち合わせている訳でもなければ、あいつほど魔法に長けている訳でもない。しかし可能性はある」
お父様は引き出しから紙の束を取り出して、もう片方の手でポンポンと叩いてみせた。
「こんなこともあろうかと、お前の魔力を調整できそうな者を見つけてある。まあ他人に魔力を流すような奇特な奴は、あいつ以外にはおらんだろうが」
「…………そうですね」
相手に魔力を流すという行為は、自分の一部を相手に渡すことと同義。特別な行為である。
たとえ家族のような近い間柄でも、普通は相手に魔力を流さない。
他人の身体に魔力を流すなんてことは、本来であれば閨の中でしか行わない行為なのだ。
それも直接魔力を流すのではなく愛し合っている中で少し魔力を交換してしまう、くらいのものだと聞いている。
だからこそ、彼を解放しなくては。
「そこで、だ。シェリル。そろそろ婚約者を見つけないか?」
「こんやくしゃ?」
「この書類には3人の候補者の名が記されている。その内の誰かと婚約をするならば。お前はあいつに頼らなくても生きていける」
たしかに結婚を約束された婚約者同士であれば、魔力を流したとしてもギリギリ……ギリッッッギリで許される範囲なのかもしれない。
アレンに頼らなくても生きていける。
その事実に少し胸がチクリと痛むものの、気付かないフリをする。
――この決断に、私の気持ちはいらない。
「……はい。します! 婚約!」
これで彼は、本当に好きな人と気兼ねなく結ばれる。
私の初恋は、完全に終わるのだ。