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#33 新たな決意と彼女の我儘




 冬休み初日。

 朝の10時にイロハさんのマンションまで歩いて迎えに行った。



 昨日の夜、今更だけど、ようやく気付くことが出来た。


 恋愛事に関しては、これまでの僕は常に受け身だったと思う。

 その結果、チカは他の男に行き、僕は惨めな思いをして辛酸を味わった。


 だから、地元を離れて新生坂本タイチとして生まれ変わると自ら決意したのに、また同じことを繰り返すところだった。

 もうあんな思いをするのは絶対に嫌だ。


 まだ、セックスは怖いし全く自信も無いままだけど、失敗したら何度でも謝って、満足して貰えるまで精進しよう。

 受験だってそうだったじゃないか。

 国立なんて夢のまた夢といえる学力だったのに、胃痛に耐え、ただひたすら勉強だけに心血を注いで、なんとか現役合格を勝ち取ったじゃないか。

 セックスだって、同じ様に頑張れるハズだ。


「セックスが下手な人は、もう必要ない」と言われたって、僕は諦めたくない。

 何度でもチャレンジして、認めて貰うんだ。

 この先もイロハさんと一緒に居る為に僕が出来る事は、きっとそれしか無い。




 イロハさんの部屋の玄関扉前に立つと、新たな決意を胸にピンコーンとインターホンを押した。


 直ぐに中から『は~い』とイロハさんの声が聞こえ、扉が開く。


 この日のイロハさんは、眼鏡は掛けているけど髪は降ろしてて、服装はブラウン系のニットのワンピースに黒いタイツで、珍しく体のラインが出ているアダルティな装い。


 決意を新たにしたためか、僕と会うためにオシャレしてくれたんだと思うと、今日はいつも以上に胸に来るものがある。


 でも、イロハさんは僕の恋人になってから、ずっとそうだった。

 僕の為にオシャレして、僕の為に栄養バランスを考えた食事を作ってくれて、きっとコンドームも僕の為に用意してくれたんだ。


 やっぱり、イロハさんのことを知れば知る程、理解すればする程、愛おしく思う。

 ギュっと抱きしめたくなる。


 けど、今日のイロハさんは心なしか表情が硬い。

 それを瞬時に察知した僕は、いつもよりも静かに挨拶をした。


「おはようございます」


「おはようございます、タイチくん。 もうすぐ準備出来ますので、上がって待ってて下さい」


「はい、お邪魔します」


 部屋に上がり、言われた通りにいつもの定位置に大人しく腰を降ろすと、ベッドに置かれた旅行用のバッグが気になった。


 イロハさんは洗面所で扉を開けたまま髪を結っている様だ。

 もう一度ベッドの旅行用バッグを見ると、中には何か詰めてあるのか膨らんでいる。


 これは僕の家に持っていく荷物?


 まさか


「すみません、お茶も出さずにお待たせしてしまって」


 洗面所から出て来たイロハさんは、ハーフアップのいつもよりも少し大人っぽいヘアスタイルに変わっていた。


「あ、大丈夫。慌てなくても良いですよ。僕がお茶の用意します」

 

「いえ、私が用意しますから、座ってて下さい」


「うん、お構いなく」


 イロハさんは冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出してグラス2つに注いで、ローテーブルの僕の前に1つ置いて、対面にも1つ置いて、僕と向かい合う様に正座で座った。


 やっぱり今日のイロハさんは少し雰囲気が違う。

 服装や髪型もそうだけど、なんと言うか表情?空気?が、硬く感じる。


 旅行用バッグと何か関係あるのかな?


「あの、タイチくん」


「うん?」


「出かける前に、お話しても良いですか?」


「うん、勿論。 何かあったのかな?」


 僕の返事を聞くと、イロハさんの表情が更に硬くなった様に感じた。

 何か重大な問題でも起きたのかな。


「実は私、今日、お誕生日なんです・・・」


「えぇ!?ホントに!?」


「はい・・・」


「そうだったのか・・・ごめん。何も用意してないです。恋人なのに知らなかった」


 イロハさんは首を横に振って「言ってないんですから知らなくて当然です。そのことは気にしないで下さい」と穏やかな口調で答えてくれた。


「でも兎に角、お誕生日おめでとう。あとで何かプレゼント用意します。急なので大した物は用意出来ないと思うけど」


「あの!それで!プレゼントは要りませんので、お願いがあるんです!」


「お願いですか? 何でも言って下さい。僕に出来ることならなんでも」


「えっと・・・お願いというのは・・・その、お泊りをしたいんです・・・」


「ん?お泊り?  あ!僕んちにですか?」


「はい・・・できれば、冬休みの間」


 イロハさんは真っ赤な顔で俯く様に、そう答えた。


 旅行用バッグを用意してたのは、やっぱりお泊りする為だったのか。

 今まで僕とイロハさんは大学生らしからぬほど健全なお付き合いを続けて来たから、どんなに遅くても夜は9時には帰るようにしてきた。

 この冬休みも、夜9時までにはイロハさんを家に送り届けるつもりだった。


 お泊りとなれば、床も共にすることになりうる。

 そして、用意されていたコンドーム。


 思ってた以上に、事態はセックスをする流れに向かっている様だ。


 ここに来て、ビビってちゃダメだ。

 僕は決意したんだ。


「分かりました。あまり寛げないかもしれないけど、僕の部屋で良ければ」


「ホントですか!?今夜からですよ?」


 僕が了承すると、イロハさんは少し興奮気味に前のめりになった。


「うん。歯ブラシとか用意した方がいいかな?」


「それなら大丈夫です!準備してありますから!」


「了解っす。 でも、どうして急にお泊りしたいだなんて。ちょっと意外です」


「それはその・・・いつもタイチくんがウチに来てくれた後、夜になって帰ると、凄く寂しくなるんです。ずっと一緒に居たくて。クリスマスの時も凄く寂しくて、それで今日はお誕生日だったので、思い切ってお願いしてみようかと」


「そうだったんだね。ごめんなさい、気付いてあげられなくて」


「いえ!私の我儘なんです! タイチくんが気を使って夜は早く帰るようにしてたの分かってました。だから私も我慢しなくちゃいけないのに」


「イロハさんには我儘言ってくれた方が、僕は嬉しいな。 イロハさん優しいから、いつも僕のこと立てて優先してくれてたし、たまには我儘言って欲しいくらい。

 誕生日のことだって、もっと早く言って欲しかった。 そしたらお祝いの準備も出来たのに」


「それは、本当は昨日ご相談しようかと思ってたんですけど、タイチくん、忙しそうだったので」


「あ、そうだったの?ごめんなさい。僕のせいだったんだね」


「いえいえ!そういう意味じゃなくて、タイチくん、クリスマスに体調崩してからなんだか元気無かったし、私が誕生日の話をしたら、無理をさせてしまうと思って、中々言い出せなくて」


「恋人なんだから、そんな遠慮は無しですよ」


「はい、そうですね。タイチくんも私には遠慮しないでくださいね」


「らじゃ!」


 話が決まると、イロハさんは硬かった表情を崩して、いつもの様なニコニコと可憐な笑顔を浮かべた。



 ◇



 イロハさんの部屋から僕の部屋へ移動し、お昼を済ませた後、夜は誕生日のお祝いにご馳走にしようとスーパーへ買い出しに出かけた。


 最初は、焼き肉かすき焼きでもしようかと考えてたけど、カニが目に留まり、福井と言えば越前カニ?とイロハさんに聞くと、地元ではお正月とかによく食べてたと言うので、奮発して購入して夜はカニ鍋にすることにした。


 そして夜、二人でカニ鍋パーティーでカニを堪能して、洗い物も二人で片付けた後、カニ臭くなった部屋の換気をしつつ、お風呂に入ることになった。


 先にイロハさんに入って貰い、その後僕が順番で入り、お風呂から上がり髪を乾かし部屋に戻ると、コタツに入って読書をして寛いでいたイロハさんに今度は僕の方から「イロハさんにお話しがあります」と切り出した。






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