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#32 トラウマに苦悩した末



 翌朝もいつも通りイロハさんを迎えに行った。

 昨日までと同じように挨拶を交わすと、体調のことでかなり心配をさせてしまった様で誤魔化すのが大変だったけど、何とか宥めていつもの様に手を繋いで大学まで歩いた。


 歩きながら何気ない会話を続け、視線が合う度に微笑む。

 でも、僕の胸の中は昨日までとは違った。


 昨日の夜までは、イロハさんとの交際の中での喜びや幸福感で満たされていた。

 でも、洗面所でコンドームを見つけてから、それは不安や恐怖心に変わった。


 そして今は、罪悪感。


 イロハさんに対して申し訳無い気持ちで一杯だ。

 僕とセックスすることを考えているらしいイロハさんの期待に応える自信が無くて、そして、イロハさんのことを処女か非処女かで悩む自分に嫌悪感すら感じる。


 自分がおかしいことは分かっている。

 イロハさんは何も間違っていない。

 貞淑で性的なものに興味を持ってないと決めつけていたけど、イロハさんだって普通の女の子で、セックスに興味を持ち、恋人とセックスをしたいと思うことは正常なことだ。

 僕だって、昔はそうだったんだから。


 今の僕がおかしいんだ。

 だから、罪悪感を感じる。




 この日は学校が終わると、僕はアルバイトがある為、イロハさんを家まで送ると、その場で別れてアルバイトへ向かった。


 仕事をしててもずっと、悩んでばかりだった。


 いっそのこと、イロハさんに全てを打ち明けてみる?

 セックスに不安と恐怖があって、僕には無理だと?

 高校時代に当時の彼女に拒否された挙句、他の男に寝取られて惨めな思いをしたのを思い出すのが怖いと?


 こんな情けないこと話すのは、無理だ。

 男のくせに、情けなさ過ぎて、愛想尽かされるんじゃないだろうか。

 僕はイロハさんとこの先もずっと一緒に居たい。

「セックスが出来ない男なんて、もう必要ない」と言われるのが怖い。


 やっぱり、イロハさんに話すなんて出来ない。

 じゃあ、この恐怖心を克服するしか無いのか。

 でも、どうやって?


 いくら考えても答えなど出て来なくて、気付けば退勤時間になっていた。



 翌日もいつもと同じようにイロハさんを迎えに行き、一緒に学校へ行って授業に出て、お昼も一緒に食べて、午後の授業も一緒に出て、この日もアルバイトがあったのでイロハさんを家まで送ると、アルバイトへ向かった。


 この日も一日、イロハさんに悟られないように笑顔で接していたけど、どんな会話をしたのか思い出せない。

 笑顔を浮かべながら胸の中では不安と罪悪感で、話が全然入ってこなかった。



 そして更に翌日。

 冬休み前、最後の授業の日。


 いつもと同じようにイロハさんと一緒に大学へ行き、講義もお昼も一緒に過ごした。

 この日はアルバイトが無かったので、いつもだったらイロハさんのお家にお邪魔して、夕飯をご馳走になって、お喋りしたり一緒に課題を進めたりして過ごすのだけど、「イロハさんが遊びに来る前に部屋の掃除がしたいから」と断って、帰らせてもらうことにした。

 冬休みに、イロハさんがウチに遊びに来る約束をしていたからそう言い訳したんだけど、イロハさんからは「お掃除だったら私もお手伝いしますよ?」と言われてしまい、「男の汚い部屋にイロハさんを上げるわけにはいかないんです!超汚いんですから!」と無理矢理お断りして、半ば強引に帰って来た。



 明日からの事を考えると、もうどうして良いのか分からなかった。

 冬休みに入れば、二人きりで過ごすことになる。

 今まで何とか笑顔で誤魔化して来たけど、流石にそれも限界がある。


 何より、「セックスしたい」とストレートにお願いされたら、もう逃げられない。

 イロハさんのお願いなら何でも叶えてあげたい。

 でもこればかりは、無理そうだ。


 そうなれば、失望されるかもしれない。

 いや、それどころか傷つけてしまうかもしれない。

 僕がチカに拒否された時みたいに。



 胃がキリキリ痛むので、イロハさんの家からの帰り道、胃腸薬を買う為にドラッグストアに立ち寄った。


 高3の時は毎日飲んでたけど、大学に合格してからは飲まなくても平気になっていた。 でも、あの頃と同じような胃の痛みが辛くて、また胃腸薬を頼ることにした。


 当時飲んでたのと同じ胃腸薬を見つけ、レジに向かおうとしてコンドームのコーナーが目に入った。


 立ち止まって色々な種類のコンドームが並ぶ棚を眺めて、考え込んだ。


 イロハさんは何を考え、どんな心境でコンドームを買ったんだろうか。

 僕とセックスがしたい?

 妊娠でもしたら大変なことになるから?


 誰だってそう考えるから、避妊具を使うのだろう。

 でも、イロハさんがそう考えていたと想像すると、次元が違うことの様に思える。


 手を繋ぐだけでも顔を真っ赤にしてたイロハさん。

 まだキスだってしたことない。

 ハグは1度だけある。

 あの時は『タイチくんが帰っちゃうと思うと、凄く寂しくて』と言ってくれた。


 そんなイロハさんが、コンドームを自分で購入していた。

 それは物凄く勇気が必要だったのでは無いだろうか。

 今の僕と同じ様に、悩んで悩んで、その結果、購入したのでは無いのだろうか。


 僕の知ってるイロハさんは、そんな人だ。


 今の僕は逃げることばかり考えているのに、イロハさんは勇気を持って一歩前に進もうとしてたのでは無いのだろうか。


 なら、やっぱり、今の僕がするべきことは、逃げることでは無くて、一歩でも半歩でも前に進むべきでは無いのだろうか。

 新生坂本タイチに生まれ変わる為にも。

 何よりも、イロハさんとこの先もずっと一緒に居る為に。



 僕は、目の前の棚から震える手で箱を1つ取り、レジに向かった。






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