お化けだから答えちゃダメ
帰り道帰り道。
どこに帰りますか?ついて行っていいですか?隣良いですか?それ貰っても良いですか?
「それはお化けだから答えちゃダメだよ?」
幼い頃、そんな話を幼稚園の先生から聞いた気がする。
誘拐等の事件への注意喚起だったのかもしれない。
大人になった今では関係ない話。
実原果耶之27歳。
2日前に彼氏の浮気が発覚し、フリーになったばかりの彼女は、花金ということもあり後輩の女の子と居酒屋でやけ酒をしていた。
「だ〜か〜らぁ〜。ほんっとに男ってのはちょーっとこっちが隙を見せるとぉ」
「実原先輩ぃ。飲み過ぎですよぉ〜」
「いいのぉ〜今日はぁいいのよぉぉぉぉ」
管巻き中の果耶之に付き合っている『水玉てぃあら』は、今年新卒で会社に入社してきた素直でかわいい後輩ちゃん。
「ほら先輩もうラストオーダー終わりましたから、帰りますよ!!」
「んんーー。……じゃあ……はいコレ……カードで払っといて」
「あざす!!」
ちょっと年の離れている2人だが、仕事をしているうちにとても気が合うことが判明し、今ではベストフレンドの様な間柄である。
「せんぱーい。タクシー会社全滅ですぅ」
「んーむにゃむにゃ」
「ぎゃーっ!!起きて起きて!!」
居酒屋を後にし、タクシーを呼ぼうとしたがどこもかしこも忙しいらしく、到着まで2時間はかかるらしい。
地方都市で働く2人、出勤はマイカー。今日は会社に停めたまま近くの繁華街にタクシーで来たのは良いものの、いつも以上に盛り上がり普段帰る時間から大幅に遅れてしまった。
「んー……しぇんぱいのアパートってぇ1時間位歩けば着いたはずれすよね」
「そーらよー」
「行きましゅかー?」
「おぉーぅ!!」
そして、酔っぱらい2人は夜道を歩き出した。
千鳥ステップを踏みながら歩みを進め、明るい繁華街を抜けると辺りは徐々に暗くなっていく。
一応大きめの道路を進むので、車はよく行き交っている。
フラフラと2人が楽しく歩いていると、一台の車が横に停まった。
「ん?しぇんぱいぃ何か車が停まりましたよ?」
「んんん?」
すると、助手席側の窓が開いた。
「もしもし、お嬢さんたち。どこに帰りますか?」
男の声がそう訪ねてきたが、車内の様子は暗くて良く見えない。
「しぇんぱい!!どこに帰るかですって!」
「んーー?それはお化けだから無視っ!無視〜!!」
「りょです!!」
どこに帰るか何て聞くのはお化けに決まってるのだーと果耶之は大声で叫ぶとズンズンと車を無視して歩き出した。
気がつけば車は居なくなっていた。
2人は帰り道をてくてくふらふらと歩く。
暫く歩くと、後ろから足音が聞こえてきた。
「むむっ?しぇんぱい!!後ろに人がいましゅ」
「ふぇ?」
後ろから聞こえる足音はどんどんと近くなり……。
「今晩は。いま一人なんです。寂しいので暫くついて行っていいですか?」
真後ろくらいから女性の声でそう聞かれた。
「しぇっ!!しぇんぱい!!聞こえましたか?」
「むぅぅ?そーれーはぁお化けだから無視ぃぃぃ」
「りょでしゅ!!」
ついて行っていい?なんて聞いてくるのは、お化けなのさーーと果耶之は叫ぶと後ろの女性を無視して意気揚々と歩き出した。
気がつけば後ろの足音は無くなっていた。
繁華街から歩きだして30分。そろそろ帰り道の半分くらいを進む頃。
辺りは外灯だけが光る住宅街になっていった。
「あっ!しぇんぱい!ちっちゃな公園がありますよ?ちょっと座りませんかぁ?」
「うむっ!!」
そこは住宅街の中の小さな公園で、ベンチがいくつか置いてあった。その一つに2人は座り、暫しの休憩である。
「はぁ~。疲れましたねぇ」
「うんうん。もう元カレについて悩むのは疲れたわぁ〜」
「え〜そんな話でしたっけぇ?」
2人がのんびりとしていると。
「隣良いですか?」
少し離れた場所から老人のような声がした。
「しぇんぱいしぇんぱい!隣良いですかですって」
「えぇ〜い私の隣はぁ!!暫く空席じゃァァァ!!」
「わーーー!!しぇんぱい急に走り出さないでぇ!!」
結果、その声を無視して2人は公園をダッシュで後にした。
2人は気づいていなかったが、声が聞こえた周辺に人影はなかった。
とうとう果耶之のアパートが見える距離に2人はたどり着いた。帰宅までもう少しだ。
すると、アパートの前に小さな子供の影が見えた。
「しぇしぇっしぇんぱい!!子供が居ます!」
「ふぁぁ?こんな夜更けにぃ?それはねぇお化けなのよぉ」
「そうですかぁ〜。なら無視ですね」
「おうとも!!」
2人が子供の横を過ぎ去ろうとした時だった。
〜♪
果耶之のスマホの着信音が鳴った。
「誰だぁ?……もしもーし」
『あっ果耶之?俺〜。どう?機嫌直った?』
元カレである。
「機嫌ん?」
『ほら浮気なんて男の甲斐性みたいなもんじゃん?でも、女の方からしたらどうしても拗ねちゃうよね』
コイツは何を言っているんだ。
『果耶之が嫉妬心から別れようってその場の勢いで言ったのはわかってるから。それで連絡しにくかったんだよね?』
「………………はぁっ?」
元カレは宇宙人だったのか?
『仕方ないから俺から折れてあげようと思って。仲直りしよう……な?』
「はぁぁ?あんたの浮気が原因で別れたんでしょーーガァ!!ムッリィ!!」
『え?酔ってる?……やけ酒?でも彼氏としては心ぱ』
「うっっっぜぇぇ」
後輩ちゃんと飲んでウキウキと帰っていた途中にこんな電話なんて萎え萎えである。
すると……。
「それ貰っても良いですか?」
近くにいた子供がそう言った。
「んん?こんな男で良かったらどーぞどーぞ!!」
果耶之はイライラしてそう言った。
「……ありがとう」
子供はそう言うと、口元を歪めながらスーッと消えた。
「え?え?しぇんぱい!しぇんぱい!子供が消えましたよ!」
「……え?」
見渡しても周りに子供の姿はない。
しかもどんな子供だったか全く思い出せない。
何だか急に冷静になって、全身から血の気が引くようだ。
『うわぁぁぁぁぁぁ!!』
「「?!」」
叫び声は持っていたスマホからだ。声の主はもちろん元カレ。
『何だこのガキ。お前っ……何すっ……んっぐっ……んんんんん〜〜』
ベキッ……ペキッ……。
電話口から元カレの叫びと謎の音が聞こえてくる。
恐ろしくて果耶之は、スマホを持つ手が震えた。
そして、音が止み。辺りは静寂に包まれる。
『……ジッ……ジジッ……きゃきゃっ……ジジッ……またね』
プッ……。
ツーツーツーツー。
ノイズだらけの中で子供の声がして、電話が切れた。
「せ……先輩?」
「……帰ろうっ!かっ帰ろう!!早く!!」
2人は猛ダッシュで果耶之のアパートに滑り込むとパチッと電気をつけ、素早く鍵とチェーンをかけた。
明るい光の元は安心を与えてくれる。恐ろしさのあまり、2人は電気をつけたまま布団にくるまって眠った。
後日。
元カレが行方不明になっているから心当たりはないかと果耶之は聞かれたが『何も知らない』と答えた。
だって本当にわからないから。
ただ、なんとなくだが……元カレは貰われていったのだと思う……何かに。
『どこに帰りますか?ついて行っていいですか?隣良いですか?それ貰っても良いですか?』
「それはお化けだから答えちゃダメだよ?」
幼い頃の果耶之の記憶……これは注意喚起だったのだろう。
怪異から逃げるための………。
大人になっても……忘れてはいけない。