ヒーロー化計画
『えっ、どこ? ここ』
魔道モニターには辺りをキョロキョロと見渡す唯野が映っている。
「そこはダンジョンだ」
『ベンジさん? 何処にいるんですか?』
魔道スピーカーからの声に反応し、更に首を振っている。
「俺は押し入れの中にいる。ダンジョンに設置した魔道スピーカーから俺の声が聞こえているだけだ。ちなみに、唯野の姿や声はこちらに届くようになっているから、一人で恥ずかしいことはしないように」
『しませんよ! 早く僕を家に戻して下さい』
意外と勘がいい。自律式魔道カメラを見つけて、カメラ目線で抗議している。
「ノルマを達成したら戻してやろう」
『ノルマ……? 何をさせる気ですか?』
「ダンジョンでノルマといったら、モンスターを倒すに決まっているだろ!」
「そんなの僕に出来るわけないでしょ! 自慢じゃないですけど、僕は運動神経最悪ですよ!」
「本当に自慢じゃなくて草」
『草って言わないで! そもそもモンスターを倒すことと、僕の幸せは何も関係ないでしょ!?』
「馬鹿野郎!! 関係大有りだ!!」
『えっ……』
「この一週間、俺は唯野に彼女を作る為にあらゆる手を尽くしてきたが駄目だった……。そして最後に残ったのが"唯野ダンジョンヒーロー化"計画だ」
『ダンジョンヒーロー化計画……ですか?』
「そうだ。今までの日本の社会では唯野に彼女を作ることは不可能。ダンジョンヒーロー化計画しかない」
『さらっと酷いこと言わないでください! そもそもダンジョンヒーロー化計画って意味がわかりません!』
「はぁ……。本当に察しが悪い。丁寧に説明するからちゃんと理解しろよ? 日本各地にダンジョンを作る。ダンジョンの中にはモンスターが現れる。唯野がモンスターを倒す。カッコイイ! 彼女出来る! 幸せ!! だろ?」
『あのっ……!? もっと普通に彼女は出来ませんか?』
「出来ません」
『僕に彼女を作るためだけに日本各地にダンジョンつくるのはやり過ぎじゃないですか? 危ないですよ』
「ダンジョンの外にはモンスターが出ないように調整するから大丈夫。そもそも我が故郷ではダンジョンは鉱山のようなもので、資源扱いだ」
『そうなんですか?』
「あぁ。様々な資源が無尽蔵に取れるからな。ダンジョンを有効活用すれば日本は強国に返り咲くことも可能だ」
『……なるほど。ところで、僕は素手ですよ? どうやってモンスターと戦えばいいんですか?』
そういえばそうだな。初期装備を送ってやろう。
押し入れから出てトイレに向かう。そして魔法袋から取り出した初期装備を便座の上に置き、タンクの黄色いレバーを捻った。
『わっ! なんか降ってきた!』
「冒険者の初期装備だ。装備しろ」
『腰蓑に棍棒ってモンスター側の装備じゃないですか! せめて革の鎧や銅の剣をくださいよ!』
「愚か者。なんの経験もない人間が剣など握っても早死するだけだ。棍棒なら素人でも扱える。鎧だって動きが制限される。訓練が必須だ。その点、腰蓑は制限もなく効果的に急所を守ることが出来る」
『うっ……意外と考えられている……』
「当然だ。俺は常に唯野の為を思っている」
『あ、ありがとうございます……』
「さぁ、これだけ騒いだんだからそろそろモンスターがやってくるぞ」
そう伝えると、唯野は慌てて腰蓑を装着し、棍棒を握った。
周囲を警戒する唯野……。
魔道モニターにブヨブヨとしたゼリー状の生物が映る。スライムだ。
『で、出た! スライムです』
「核を狙うんだ!」
『はい!!』
棍棒を大上段に構え、大きく振り下ろ──。
スカッ! しかし当たらない。流石にスライムも見え見えの攻撃には対応する。
何度も何度も棍棒を振り下ろす唯野。運動神経が悪いというのは本当だ。
「唯野! よく狙え! そして大振りになるな! 必要最低限の動作で素早く!!」
『は、はい! そろそろ死んでください!!』
それまでにないシャープな振り下ろしがスライムの体を抉り、核が潰れる。
『……ヨ、ヨロコンデ……』
『えっ……!? 元巨乳エルフさん……!?』
しまった。元巨乳エルフさんもダンジョンに放ってしまっていたか……。
元巨乳エルフさんは煙になり、一部はダンジョンに、一部は唯野に吸収された。そして魔石が残される。
『そ、そんな……。元巨乳エルフさん……』
「唯野。元巨乳エルフさんはお前の一部となった。その身に力が溢れているのを感じているだろ?」
『……はい』
「元巨乳エルフさんの命を無駄にするな。俺と一緒にダンジョンヒーローを目指すんだ!」
『はい!』
唯野は涙を拭って顔を上げた。その表情は戦士のものだった。