異変
「ベンジさん! 起きてください!! 大変なことが!!」
押し入れの外から唯野の声がする。随分と騒々しい。
引き戸を開けると、ひどく焦った顔がみえる。
「何事だ?」
「巨乳エルフさんが! 溶けちゃいました!」
部屋の中を見ると、透明な物体がプルプルと蠢いている。
「唯野……。貴様、触ったな? 巨乳エルフさんに触っただろ?」
「えっ……!」
明らかに気まずそうな顔の唯野。これは間違いない。
「あれだけ大事にしろと言ったのに、初日から手を出そうとしただろ?」
「ちゃ、ちゃんと本人に確認取りましたから! 胸触ってはいいか確認したら、"ヨロコンデ"って言いましたから!!」
「それは"ヨロコンデ"しかインプットしてなかったからだ! この肉欲に塗れた野獣め!」
透明な物体が俺の声に反応して「ヨロコンデ」と言った。
「インプットってどういうことですか!? そもそもこれ、何なんですか!?」
一方の唯野は顔を真っ赤にしている。
「元・巨乳エルフさんだ」
「そういうことじゃなくて!!」
仕方がない。種明かしをするか。
俺はタララタッタラーと口ずさみながら、魔法袋から魔道具を取り出す。
「なんですか? その筆みたいなのは?」
「これはスライムを加工する魔道具だ。巨乳エルフさんは俺がこの魔道具で加工したスライムだったのだ」
「そ、そんなことが……? そもそもスライムは何処から?」
「スライムならこの魔法袋の中に入っているぞ? 他にも生け取りしたモンスターがたくさん。出そうか?」
「いいです! いいです! 遠慮しておきます!!」
必死に頭を振る。
「まぁ、元の姿にはなってしまったが、このスライムが唯野の彼女であることは間違いない。二人でデートでもしてこい」
「無茶苦茶言わないで下さい! スライムを連れて歩いてたら騒ぎになります!!」
「はぁ……」
「なんでため息!?」
「唯野は見た目だけで女性を判断するのか?」
「そもそもスライムに男も女もないでしょ?」
「ある!」
「あるの!?」
「スライムの体内には核と呼ばれる部分がある。その核の中に玉が二つあればオス。玉がなければメスだ。元巨乳エルフさんを見てみろ」
唯野はしゃがんで元巨乳エルフさん──スライム──を観察する。
「どうだ? 核は見つかったか?」
「うーん……。あっ、はい。見つかりました! えーと……核の中に玉が二つありますね……。これ、オスじゃないですか!!!!」
──ドンッ! と壁が鳴った。騒いだせいでアパートの隣の住人が怒って叩いたのだろう。
「……唯野。隣の住人が怒っているぞ。オスだとかメスだとか言ってないで、彼女の人間性をみてやれと」
「……スライムでしょ。早く魔法袋にしまって下さい」
「ヨロコンデ」
ちょうどよく、スライムが返事をした。本人の希望だ。仕方ない。俺はスライムに触れながら、魔法袋を意識する。一瞬でスライムは格納され、部屋からいなくなった。
「恋とは儚いものだな」
「……はい」
もしかすると唯野は本気で巨乳エルフさんに恋をしたのかもしれない。そう思うと少しだけ申し訳ない気持ちが湧いてきた。
「唯野、次は猫耳を紹介しよう。巨乳エルフの次に好きだろ?」
「はい……。素体はスライム以外でお願いします」
「検討する」
俺は押し入れに戻り、ピシャリと引き戸を閉める。外からは唯野の長いため息が聞こえてくるのだった。