朝食
目が覚めると、そこは暗闇だった。
あぁ、そうだ。俺は押し入れで寝ていたのだ。引き戸を開けると、小汚いアパートの一室には陽の光が差し込んでいる。
床を見ると、布団の中でスヤスヤと眠る唯野。眼鏡を外していると、より一層地味だ。
「おい、唯野。起きろ。朝だぞ」
「……うっ。ベンジさん……。ということは、昨晩の件は夢じゃなかったのか……」
目を擦りながら、唯野は上半身を起こした。
「腹が減ったな。どら焼きを所望する」
「な、なんでどら焼きの存在を……!?」
「地球の文化を勉強したといったろ? 俺はどら焼きが最高の美味だということを知っているのだ。さぁ、出せ」
「またアニメの知識! 残念ですけど、どら焼きはありません」
布団から這い出た唯野はキッチンに向かい、何やら支度を始める。
「その白い箱は?」
「冷蔵庫ですよ」
「ほぉ……。それが冷蔵庫か。バラバラにした人間の死体を格納するという。あのアニメで学んだぞ」
「あのアニメにそんなシーンないでしょ! ないよね!?」
「で、何を作っているんだ?」
「すみません。ただの卵かけご飯です。時間がなくて……」
卵かけご飯……! まさかそれは……!?
「おお、TKGかっ!? あのTKGが食べられるのかっ!?」
「えっ、あっ、はい。TKGです」
「おおぉぉぉ! 日本独自の文化とも言われるTKGを早速経験出来るとは!!」
「ただの卵かけご飯ですけど……」
そう言いながら唯野はどんぶりを二つ、ローテーブルに置く。湯気のたつご飯の上に色の濃い生卵が鎮座している。その姿は神々しく尊い。
「素晴らしい。白米の中心に生卵があるだけで、こんなにも人を魅了するとは……。日本の国旗のデザインの元になったという話も頷ける」
「その知識は間違っていると思います! あっ、この醤油をかけてください」
唯野を真似て、生卵の周囲にぐるりと醤油を垂らした。そしてかき混ぜる。
「おい、唯野。何回かき混ぜればいい?」
「えっ、回数は特に決まってませんけど……」
「美味しさに違いが出るだろ? 何回が美味しいんだ?」
「知らないですよ! ちょっと急がないと大学の講義に遅刻しちゃうんで!」
あっという間に食べ終えた唯野はキッチンに向かい、どんぶりを洗い始める。
「唯野は大学生なのか?」
「そうですよ! 入学したばかりなんで、講義に遅刻したくないんです!」
「なるほど。そんな唯野にちょうどいい魔道具があるぞ。ホレ」
タララタッタラーと口ずさみながら、魔法袋から魔道具を出す。
「なんですか……。その防毒マスクみたいイカついの……」
「このマスクをして生活をすると、小さなことがどうでも良くなる。遅刻なんて全く気にならなくなるぞ」
「ダメ人間になる魔道具! そんなのいりません! 本当に間に合わなくなるので、行きます!」
唯野は慌てた様子でリュックを背負い、部屋から出ていこうとする。
「唯野、これを持っていけ。連絡出来ないのは困るだろ」
魔法袋から通信の魔道具を取り出し、唯野に向かって投げると「異世界のスマホ!」とちょっと嬉しそうにしながら受け取った。そして、「部屋で本でも読んで大人しくしてて下さい」と言い残して、出ていった。
一人になると急に静寂が広がる。
ふと故郷、マリッグ星のことを思い出しそうになって、かぶりを振る。「星流し」の魔法には膨大な魔力が必要だ。魔法理論的には再現可能でも、リソース的な問題で魔道具での再現は難しい。つまり、俺は生まれ故郷の星には戻れない。
この星で暮らしていくしかないのだ。
だから、もっと学ばなければならない。地球、そして日本のことを。
「そうだ。唯野のコレクションをチェックしないと」
魔法袋から唯野コレクション──エロ漫画──を取り出し、パラパラと捲る。
「なるほど。日本の男性はこーいうのが好きなのか……。勉強になる」
俺は暇に飽かせて、次々とエロ漫画を読みふけるのだった。
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