第1章 第4話 言葉
「女子の家に行くのなんか初めてだな……」
放課後。愛染と別れた俺と鷲宮は、矢木さんの家の前に来ていた。ここら辺は特に土地の価格が高いわけではないが、それでも一目で金持ちの家だと察せるくらいでかくて綺麗な家。こんないいとこのお嬢様が悪の組織に入ったのか……。
「普通に生きててもいい人生送れそうだけどな」
「梨子……先輩は無理ですよ。普段おどおどしてるから」
「ひぇ……ごめんなさい……」
1年生から心無い言葉を吐かれ、小さい身体をさらに小さくする矢木さん。まぁ確かに……言っちゃあれだがこの気の弱さでは生きるのに苦労しそうだ。
「で、家族に復讐したいんですか?」
年功序列として最初に矢木さんの問題を片付けるという話で、向かったのが自宅。それはそういう意味だろう。だが矢木さんは依然困ったような表情をしている。
「別に……その……復讐したいわけじゃ……ないんだけど……」
「は? はっきり言ってくださいよ」
「一々圧力かけんな」
自分より立場も年齢も上なのに高圧的な鷲宮を下がらせる。
「正直悪の組織ってなんだよって今でも思ってますけど、少なくとも俺たちは仲間です。一人じゃ無理でも味方がいれば怖いものはないでしょ?」
まるで子どもに言い聞かせるように優しく告げたが、相変わらず矢木さんは口をもにょもにょとさせていてはっきりとしない。
「本当に……わからないの……。何がしたいか……スートに入ったのも愛染さんの誘いを断れなかったからで……だから……」
「おかえりなさい、梨子ちゃん」
矢木さんの言葉を遮らないように根気強く聞いていると、家の扉が開いて上品そうな女性が出てきた。
「ぁ……お母さん……ただいま……」
「ママ、でしょ? その人たちは?」
「ぁ……ぇと……友だち……?」
矢木さんの言葉を聞いたお母さんは俺たちの顔を一瞥し、眉を吊り上げた。
「駄目でしょ梨子ちゃん。友だちは選びなさいっていつも言ってるよね? 派手な子なんてどうせロクでもないし、異性なんて問題外! だからその人たちにはさようならしなさい」
「ゃ……でも……」
「梨子ちゃん? ママは梨子ちゃんのためを思って言ってるの。ママの言葉が間違ってることがあった?」
「ぁ……あのね……」
「ほら、家に入るわよ。じゃああなたたち、もう梨子に関わらないでね」
「ゃ、ぁ……っ」
凄まじい言葉の圧に矢木さんどころか俺たちも何も口を挟めず、矢木さんが家の中に消えていく。……なるほど、そういうことか。
「なにあのババァ! マジむかつくんですけど!」
「まぁ間違ってはないだろ。俺たち悪の組織の一員なんだから」
「先輩はあっち派なんですか!?」
「まぁな。友だちは選んだ方がいいし、選ぶなら俺たちじゃない方がいい。それは事実で正義はあっちだ」
そう。矢木さんのお母さんが正しい。でも。
「正しいのが正しいわけじゃないからな」
正論をぶつけられながら尚、矢木さんは言っていたんだ。言葉にならなくても、叫んでいた。たとえ間違っていても、そこに意志はあったんだ。それをお母さんは無視している。
「声が大きくなる……ねぇ……」
矢木さんの深層心理。それがわかったような気がした。