第1章 第2話 ギフト
「ここが君が所属する部隊だよ、佐助」
協力すると決めるや否や呼び捨てにした愛染一花が俺を連れて行ったのは、部室棟の隅に位置する小さな部屋。読書部という部室だった。
「この冴えない奴が部下とか嫌なんですけどー」
「こ、こんにちは……」
読書部という名前とは裏腹に本棚の一つも置かれていない部室にいたのは二人の女子。一人はソファに寝そべりながらファッション雑誌を読んでいる髪を栗色に染めた今時な感じ。もう一人の高校生とは思えないくらい小さいツインテールの女子は、なぜかメイド服を着ておりたいして暑くもないのにソファの女の子を扇子で仰いでいる。
「紹介するよ。チャラい方が1年生の鷲宮育。もう一人のちっちゃい子が3年生の矢木梨子。佐助と同じ♤隊のメンバーだよ」
「あぁそっちが3年なんだ……」
偉そうな子の方が年下で、あの150cmもなさそうな人が年上とは。どんな関係性なんだ……。
「っていうか♤隊ってなに?」
「あんたそんなことも知らないの?」
……どうやら二人の関係性が問題ではなかったようだ。
「俺2年なんだけど。別にへりくだれとは言わないけどさ……」
「だからなに? あたしは♤隊のキングよ?」
「だからなんだよ♤隊って」
改めて訊ねると、愛染さんが一枚のトランプを手渡してきた。だが絵柄は何もなく、ただの白紙。しかしその紙が俺に手渡された瞬間、どういうわけか絵柄が浮かび上がってきた。
「♤の……ジャック……?」
「それが佐助のポジション。育がキングで梨子がクイーンね」
愛染さんから視線を逸らすと、二人がそれぞれトランプを俺に見せつけてくる。確かに偉そうなのが♤のキングでちっちゃいメイドさんが♤のクイーンだ。
「で、これがなに?」
「この悪の組織、スートの組織図だよ。ボスである私がジョーカー。そしてその下に四つの部隊が設置してあるの。もうわかったかと思うけど、♤と♡、♢と♧。とりあえず♤隊はこの学校の生徒ってくくりだね」
「じゃあその中でキングが一番偉くて……ジャックの俺が一番地位が低いってことか」
「そういうこと。つまりあたしはスート四天王の一角で、あんたはあたしの下よ。とりあえずスーツに着替えてあたしに従事しなさい」
なるほどなるほど……どこまで愛染さんの中二病が本当かは知らないが、仮にも組織なら上下関係は必要だろう。でもそれとこれとでは話が別だ。
「愛染さん、悪いけど君に協力するって話はなしだ。俺は自由になりたいんだよ。多少の上下関係なら文句はないし年下が上司でも別にいいけど、ここまで横暴な奴に従うつもりはない」
こんな奴の下に就くのも、いじめられるのも。本質的には同じだ。誰かに見下され、蔑まれる環境に居続けるなんて御免だ。
「佐助の気持ちはもっともだよ。でもこれがスートのルールなんだよね。能力で上下を作るのは切磋琢磨の基本だし」
「だからそれが嫌なんだって……」
「今のポジションが嫌なら、勝てばいい」
愛染さんが指を弾いた途端。
「……は?」
何もない殺風景な部室が変質する。暗く黒い、先の見えない闇の空間に。
「私の魔王としての能力は封印されている。今できるのは服や部屋を変化させることくらい。でも封印されていても、その能力を他人に与えることはできるんだよね。それがさっきの手の甲へのキス。うちは完全実力主義。上に行きたいなら、上を倒せばいいよ」
……ここまでくると信じるしかないのか。元魔王で、転生してこの世界に来たなんていう中二病を。
「『猛禽両筋』」
突然暗闇に包まれた部屋に動揺していると、俺の視界を羽が覆った。
「挑むなら覚悟しなさい。このあたしに逆らったこと。負けてから後悔しても遅いわよ」
立ち上がった鷲宮さんの背中から生えた猛禽類のような両翼が。まるで威嚇するかのように広がっていた。
「なんだよ……それ……!」
「『魔王の接吻』。愛染様から賜わった能力よ。あんたも出しなさいよ、カスみたいな能力をね」
なんだよ……なんでこんなバトル展開になってんだよ……!?
「安心していいよ。あの翼は半分は見掛け倒し。飛ぶことはできないし羽以上でも以下でもない」
「羽生えたのに飛べないのかよ……!」
「今の私が貸せるのなんてそれで精一杯だもん。身体能力に毛が生えた程度だね。現実世界をどうこうはできない」
「じゃあ俺の能力は!?」
「私にはわからないかな。発現する能力はその人の深層心理が強く働くから。それよりいいの? 育と戦って」
「いいも悪いもないだろ……」
あの女は俺をいじめてる奴そのものだ。恐怖の対象。逆らおうだなんて思わない。でもいつものように、複数ではない。一対一だ。だったら。
「ここで退いたら本物の負け犬だろ」
勝ちたいわけではない。ただ証明したいんだ。俺だって生きているんだぞと。
「……愛染様。あんまり舐めないでくださいね」
「きゃっ!?」
鷲宮の翼がはためくと、すぐ隣の矢木さんのメイド服のスカートが捲れ上がった。……つまりそれほどの風が起こるくらいには力強いということだ。殴られれば怪我は免れないだろう。
「愛染、俺が能力を使うにはどうすればいい」
「わかってるでしょそれは。君が一番」
……ああそうだ。手の甲に口づけをされてから。ずっと脳に言葉が浮かんでいる。その言葉とは。
「『自由反逆』」
その呪文を唱えた瞬間。
「なぁぁぁぁ――っ!?」
虚無の空間から縄が出現し。その翼ごと、鷲宮の身体を固く縛り上げた。
「な……によこれ……! こんな……もので……くぅ……っ」
縄に絡みつかれ、両腕と両脚が繋がれ海老反りになった鷲宮。身体に食い込んだ縄に苦しみながら悶えているが、逃れることは叶わない。
「……なるほど。普通にハサミで切れそうなくらい脆い縄だね。でも力が入らない体勢で縛れば縄の強度なんて関係ない。能力の弱さを補うような見事な縛り方だね」
荒い息を吐きながら悶える鷲宮を見下ろし、冷静に分析する愛染。そこら辺の事情はわからないが、つまりは。
「俺の勝ちってことだな」
「ふ……ざけんなぁ……っ。殺す……殺してやるぅ……っ」
縄に締め付けられ扇情的な姿になった鷲宮がそう漏らすが、最早身体は痙攣することしかできず、あんなに力強かった羽は折りたたまれて見る影もない。
「愛染様ぁ……っ、あたしは……まだ……ぁぁんっ」
「見苦しいな。ちゃんと現実は見ないとだめだよ」
愛染が倒れた鷲宮を抱き抱える。すると鷲宮の右手にあったトランプの絵柄が変化した。それは俺も同じ。逆転したのだ。鷲宮が♤のジャックに。俺が♤のキングに。
「そんな……そんなぁ……っ」
「にしてもいい性格してるね、佐助」
敗北の悔しさに涙目になる鷲宮には目もくれず、愛染は笑う。悪人のように。
「自由になりたいと謳っておきながら、深層心理では他人の自由を奪いたいと思っている。でも当然だよね。やられたらやり返したい。相手が抵抗できない状態で。それは普通の人の、いたって普通な悪意」
その笑顔のまま、愛染の右手が縛られてくっきりと浮かび上がった胸へと伸びる。
「これで育はあなたに逆らえない。さぁ、どう復讐したい?」
その悪意に満ちた視線と姿に、俺は目を背けることしかできなかった。
なんだか現実恋愛っぽくない展開ですが今回だけです。あくまで能力はスパイス。基本は現実に即して物語を進めていくつもりです。
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