心が読める江洲場さんには、僕の恋心はバレバレ
「今日は転校生を紹介する。さあ、みんなに自己紹介してくれ」
「は、はい。江洲場彩果といいます。よ、よろしくお願いします」
――!!
たどたどしくも自己紹介する転校生に、僕の目は釘付けになった。
サラサラの流れる黒髪に、銀河が詰まっているのではないかというくらい、吸い込まれるような輝かしい瞳。
プルンとした甘そうな唇に、陶器のようにシミ一つない肌。
神様が生み出した芸術品とも言えるそのご尊顔に、僕は一目で恋に落ちた。
……美しい。
「えっ!!?」
……ん?
江洲場さんが、顔を真っ赤にしながら僕のほうをガン見してきた。
お、おや?
僕の顔に何か付いてますか?
「どうかしたか江洲場?」
「い、いえ! な、何でもない、です」
「そうか。江洲場の席は久留米の隣だ。久留米、今日は江洲場に教科書を見せてやってくれ」
「は、はい!」
うおおおおおお!!!!
これは何という役得!!
僕の今日までの人生は、江洲場さんに教科書を見せるためにあったと言っても過言ではない!
「よ、よろしくね、久留米、くん?」
「こ、こちらこそ!」
隣に江洲場さんが座った瞬間、そこがまるで神域かの如く神々しい空間になった。
嗚呼、天使や……!
僕の隣には今、天使が舞い降りておる……!
「はううぅ……」
「??」
またしても江洲場さんは耳まで真っ赤にしながら、両手で顔を覆ってしまった。
いったい江洲場さんの身に何が!???
「あ、あのこれ、よかったら一緒に見よ」
僕はそそくさと机を寄せ、江洲場さんに教科書を差し出す。
「うん、ありがとう、久留米くん」
そんな僕に、江洲場さんは天使の笑みを向けてくれた。
天国かなここは???
「はううぅ……」
「??」
江洲場さん???
――そして迎えた昼休み。
ソワソワしながらお弁当箱を取り出す江洲場さんを横目でチラ見しながら、僕は江洲場さん以上にソワソワしていた。
――何とかして江洲場さんと一緒にお弁当を食べて、江洲場さんと仲良くなりたい。
僕の今日までの人生は、江洲場さんと一緒にお弁当を食べるためにあったと言っても過言ではない……!
言え!
江洲場さんに一緒にお弁当を食べようと言うんだ僕!
「あ、あの、江洲場さん」
「は、はい!」
江洲場さんは瞳をキラキラさせながら、元気よく返事する。
その顔が期待に満ちているように見えるのは、欲目だろうか?
あれ?
ひょっとしてこれ、意外とイケる?
よ、よーし、誘うぞぉ!
一緒にお弁当を食べようって、誘っちゃうぞぉ!
誘うぞ誘うぞ誘うぞ誘うぞ……!
誘うぞおおおおおお……!!
「よ、よかったら、僕と、一緒、に……」
「うん……!」
「お………………」
ダ、ダメだあああああ!!!!
やっぱり勇気が出ないいいいいい!!!!
このヘタレウジ虫野郎がああああああ!!!!
「ふふ、ねえ久留米くん、よかったら一緒にお弁当食べてくれない?」
「…………え?」
今、何と!?!?!?
奇跡や!!!!
今日は奇跡の日や!!!!
まさか江洲場さんのほうから誘ってもらえるとは!!!!
「ダメ、かな?」
「……!」
上目遣いで僕を見つめてくる江洲場さん。
あッッッッ!!!!(萌死)
「ぜ、全然ダメじゃないよッ!! こちらこそ、よろしくお願いします!」
「ふふ、ありがと」
嗚呼、神よ……!
あなた様のお慈悲に感謝します……!
「わあ、江洲場さんはお弁当の中身まで、何だか神々しいね!」
「ふふ、何それ。全部適当に余り物で作ったものだから、大したことないよ」
「え!? これ全部、江洲場さんの手作り!?」
「うん、うちの両親は共働きで忙しいから、自分で作ってるの」
偉いッ!!!
益々惚れ直したぜッ!!!
「も、もう……」
「??」
たまに江洲場さんの顔が突然赤くなるのは、何なんだろう??
――ともあれこの日以来、僕と江洲場さんの仲はグッと近付き、薔薇色の日々が始まったのである。
「お、おはよう、江洲場さん」
「おはよう、久留米くん」
そして江洲場さんが転校してきて二ヶ月が経った今日。
僕はとある覚悟を持って登校してきた。
その覚悟とは――江洲場さんをデートに誘うこと……!
この二ヶ月で僕と江洲場さんの仲は、鱗滝左近次さんにすら合格点を貰えるくらい深まったはず……!
ここらで僕らの関係性をもう一段階深めるためにも、デートは必須!
そして僕は、令和の恋柱になるんだ!
僕はポケットの中に忍ばせている、『ニーソックスボクサー』の映画チケットを握り締めた。
ニーソックスボクサーは今話題になっている映画で、人気漫画であるニーソックスボクサーを実写化したものだ。
原作のニーソックスボクサーは、何度読んでも号泣必至の感動作なので、きっと江洲場さんも楽しんでくれるはず!
よーし、誘うぞ誘うぞ誘うぞ誘うぞおおおお……!!
「あ、あの、江洲場さん」
「うん! なあに?」
「――!」
江洲場さんが、初めて一緒にお弁当を食べようと誘った時みたいな(誘ってくれたのは江洲場さんだけど)キラキラした瞳で返事をする。
よし、これはイケる……!
「よ、よかったら、僕、と……」
「うん! うん!」
「…………あ」
その時だった。
僕は気付いてしまったのだ。
――原作のニーソックスボクサーは、あくまで男子向けの漫画だということを。
確かに感動作ではあるものの、ボクシングを題材にしていることもあり、痛々しい流血シーンも多い。
殴り合いが苦手な女の子も結構いるらしいし、女の子とのデートには向いていなかったのでは!?
くっ……!
何てことだ……!
海の久留米一生の不覚!!
ここは一旦出直すしか……。
「あっ! そういえばさー、今ニーソックスボクサーの実写映画やってるよねー」
「えっ!?」
江洲場さん!?!?
「私原作の漫画大好きなんだよねー。ニーソックス純平がストッキング卓也に初めて勝ったシーンとか、何度読んでも泣いちゃうもん!」
「ああ、あそこはマジヤバいよねッ!!」
これは千載一遇のチャンスッ!!!
「ちょ、ちょうどよかった。実は知り合いからニーソックスボクサーの映画のチケット貰ったんだけど、一緒に観に行く?」
ホントは自分で買ったチケットだけど。
「うん! 行く行く!」
ふおおおおおおお!!!!
今日は人生最高の日だぜええええ!!!!!!
「じゃあ、土曜日の一時くらいに、駅前で待ち合わせでいいかな?」
「了解でーす」
江洲場さんはビシッと敬礼ポーズを決めた。
…………好き。
はぁ、これで遂に念願の江洲場さんとのデート!
――つまり江洲場さんの私服が見れるということ!
うおおおお、楽しみすぎるぜええええ!!!!
できればワンピースにポニーテールでオナシャス!!
拙者ワンピースにポニーテールの女子大好き侍!
江洲場さんのワンピポニテ姿が見れたら、死んでもいいでござる!
「そ、そうなんだ」
「え?」
何がでござるか?
「ううん、何でもない! こっちのこと」
「ふ、ふーん?」
ああ、こんなに土曜日が待ち遠しいのは生まれて初めてでござる!
「ゴメンね久留米くん! 待った?」
「いや、今来たとこ、だ、よ……」
ホントは二時間前に来てたけど。
そんなことよりも、江洲場さんの私服が、ワンピポニテなんですけど????
うおおおおおおお!!!!
萌えええええええ!!!!
僕の願いが天に届いたぜFOOOOOOOOO!!!!
「どうかな? 今日の私、変じゃないかな?」
「ぜ、全然変じゃないよッ!! むしろ滅茶苦茶似合ってるよ、ワンピースとポニーテールッ!」
「ふふ、ありがと」
いやありがとうはこちらの台詞です本当にありがとうございますむしろこの世に生まれていただいて本当にありがとうございます僕の今日までの人生は江洲場さんのワンピポニテを見るためにあったと言っても過言ではないです本当にありがとうございます(めっちゃ早口で言ってそう)。
「ふふ、じゃ、映画行こっか」
「うん!」
むしろ、今日こそが人生最高の日だったのかもしれぬ――。
「面白かったね、映画」
「そ、そうだね」
ゴメンなさい!
ホントはほとんど内容覚えてないです!
だって隣の席に、ずっとワンピポニテの江洲場さんが座ってるんだぜ!?
そんな状況で映画なんか観れないよッ!
「さて、と、どうしよっかこれから」
「あ、実は江洲場さんに見せたい場所があるんだけど、ちょっとだけ付き合ってもらってもいいかな?」
「うん! いいよ!」
よーし、これで江洲場さんとの心の距離を、より詰めるぞぉ!
「わあ、夕陽がすっごく綺麗!」
「でしょ」
僕が江洲場さんを連れて来たのは、僕の家の近所にある、小高い丘の上の小さな公園。
ここからなら街を一望できるうえ、ちょうど夕陽が地平線に沈んでいく様子がよく見えるのだ。
「地元の人間にはそこそこ有名な絶景スポットなんだけど、江洲場さんはまだここ知らないと思って」
「うん! 知らなかった! ……本当にいつもありがとね久留米くん。転校生の私に、優しくしてくれて」
「そ、そんな! 僕が好きでやってることなんだから、気にしないでよ!」
「ふふ、でもありがと」
「う、うん」
おや?
何か今の僕ら、大分いい雰囲気じゃない?
――ひょっとして今なら、告白すれば成功する可能性が高いのでは!?
い、いやいやいや!
早まるな僕!
これは孔明の罠だ!
ここで焦ってしくじったら、今までの苦労が水の泡だぞ!
「……罠じゃないと思うけどなぁ」
「……え?」
「……あ」
江洲場さんがしまったとでも言わんばかりに、両手で口元を押さえた。
――この瞬間、僕の頭の中で全ての点と点が繋がり、一つの線になった気がした。
も、もしや――!
……えーと、もしかして江洲場さんて、心が読めたりしますか?
「………………うん」
「――!!」
江洲場さんは悪戯がバレた子どもみたいに、照れ隠ししながらコクリと頷いた。
えーーー!?!?!?!?
つ、つまり今までの僕の江洲場さんへの想いも、全部筒抜けだったってことーーー!?!?!?!?
「ゴ、ゴメンね今まで黙ってて! もし私が心が読めるってわかったら、絶対嫌われちゃうって思ってたから……」
「そ、そんなッ! 嫌わないよ! 嫌うわけないじゃないか!」
確かにビックリはしたけど、だからって江洲場さんを嫌う理由には微塵もならないよ!
「うん、久留米くんならそう言ってくれると思ってた。――だって久留米くんは、私が今まで出会った人の中で、一番純粋な人だから」
「――! 江洲場さん……」
「……私は人の心が読めちゃうから、逆にずっと人が信じられなかったの。だって人ってね、表向きは優しそうな人でも、心の中には大抵ドス黒い闇を抱えてるものなの」
「……」
今までの江洲場さんの人生を想像したら、胸がズキリと痛んだ。
きっと江洲場さんは、その人間の心の闇に長年苛まれてきたのだろう。
ひょっとしたら転校してきたのも、その辺に理由があるのかもしれない。
「でも久留米くんは――久留米くんだけは、一切不純物が混じってない、ピュアな好意を私に向けてくれたの」
「……江洲場さん」
ま、まあ、僕の場合は、単に本能のみで生きてるからだと思うけど。
「ふふ、でも私にとってはそれが、何よりも嬉しかった。……それに、あんなに毎日心の中で真っ直ぐ口説かれたら、誰だって落ちちゃうよ」
「――えっ!!?」
え、江洲場さん……!?!?
今のって、つまり……!!
「……うん、でもね、一つだけ私の我儘を聞いてほしいの」
「??」
我儘??
「――どうか久留米くんの私への気持ちを、久留米くんの口から直接聞かせてほしい、です」
「――!!」
江洲場さんは目元に薄らと涙を浮かべながら、上目遣いで僕を見つめてきた。
沈みゆく夕陽を背にしている江洲場さんは、まさに後光が差している天使のようだった――。
「うん、もちろんだよ」
僕は背筋を伸ばし、江洲場さんと向き合う。
「――江洲場さん」
「は、はい!」
ビクンと震える江洲場さんは、この世の何よりも、美しかった――。
「――僕は、江洲場さんのことが」
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と世界観が共通の、以下のラブコメを連載しております。
そちらにもニーソックスボクサーの映画が出てきますので、もしよろしければご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)