57話 蝶と歌姫①
「……あ、あなた、いつからいたの?」
曲を歌い終え瞑っていた目を開ける彼女、私がいる事に驚いた様だ。かなり動揺してるのがわかる。
「代々木さん……今の曲……」
私は彼女の問いかけを無視してそう聞いた、今の曲は間違いなく今、私が作りかけている曲だ。
「別に……! これはなんでもないんだから!! そういうあれじゃないんだから!!!」
慌てた様子でそう叫び、彼女は何処かへ走り去ってしまった。
「……そういうあれって何だろう」
なんだかよく分からないけど、代々木さんがすごく焦っていたのは伝わってきた。
……それにしても、いい歌声だった。なんというか心に響くというか。流石元トップアイドルという事なのか。あれに比べたら私なんてまだまだ未熟だなぁ……
それにあの歌詞、もしかして私の曲に合わせて彼女が自分で考えたのだろうか。私の頭の中のイメージとスッとぴったり合う様な歌詞だった。
今まで何となく微妙だと感じてたあの曲も、彼女が考えたと思わしき歌詞が合わさると、なんだかしっくりくるような気がしてきた。
「あの娘作詞できるんだ」
私は、彼女が歌っていた歌詞を思い出しながらそう呟いた。率直に言ってかなりセンスのある歌詞だと感じた。ハルカやエリナが考える歌詞とはまた違った、激しく主張の強い歌詞だと感じた。
「もし代々木さんがウチのユニットに入ってくれたら……」
一瞬、そんな考えが過った。もしも代々木さんが六人目のメンバーになってくれたなら……
「いや、ないか」
うん、無いよね。
私は先程のセリカの歌声を頭の中で反芻しながら寮への帰路についた。
あ、アイス溶けてるし……のんびりしすぎた……
〜〜〜〜〜〜〜〜
翌日、私とハルカ、エリナは基地へと呼び出された。こうして基地に揃って呼び出しを受けるときは何か重要な任務や、仕事がある時だけだ。
強い日差しが照つける中、バスで基地に向かう私とハルカ。エリナとは基地の前で合流した。
今度は一体何をさせられるのだろうか。東京行きのイベントがあるのは夏休み終盤。まだまだ間があるはずだけど……
「合同演習、ですか?」
伝えられたのは意外な内容であった。数日後に名古屋を訪れる隣国エメリア王国の戦人機部隊との合同演習に私達も参加しろというものであった。
「知っての通り、今日本にはエメリア王国の第二王女が訪れているわ、今年はエメリア王国との国交回復から五十年の節目、色々な記念式典が予定されていてこの演習もその一環よ」
と、千駄木司令は言った。
……そういえばニュースでそんな話をしていた。今は京都を訪れていて、明日あたりに名古屋にくるとかなんとか。
「……なんで私たちが?」
と、エリナが尋ねる、確かに何故そのような催しに私達が参加するのであろうか。
「理由は色々あるわ、ややこしいからここでは話さないけど」
ややこしいって……一体どんな事情があるのだろうか。そこが一番気になるんですけど……?
結局、詳しい事情は教えてもらえなかった。演習は四日後、何だか急な話だ。
私達三人は、試験小隊の隊舎にいるというジェイミーとアカネの元に。アカネは昨日からここに泊まって歌とダンスの訓練をしているそう。まだ不安定なステラ因子の力を安定させるために、少し前から彼女は頑張っている。
「聞いた? 演習の話」
私はジェイミーにそう話しかける、部屋の端っこに座る私達二人。ハルカはアカネと一緒にトレーニングをしている。エリナは飲み物を買ってくるとかで、何処かに行ってしまった。
「ええ、昨日聞いたわよ」
彼女はそう答える、ジェイミーには昨日のうちに伝えられていたそうだ。
「エメリア王国軍かぁ……どんな人達なんだろう」
エメリア王国、隣国だけど正直あんまり馴染みがない。元の世界にはない全く新しい国で私のマイとしての、これまでの人生でも特に関わり合いもなく教科書的な知識しかない。
「どんな奴が相手でも、立ち向かうまでよ、あの教導群の特訓を潜り抜けた私達なら大丈夫!」
そうジェイミーは言った、確かにあの地獄の様な特訓を潜り抜けてきたんだし。自信を持って臨んだ方がいいだろう。
そうして、暫くジェイミーと演習の事についてあれこれ話しているうちに気がつけばエリナが飲み物を買ってきて隊舎に戻ってきていた。
「ほら、あなたの好きなやつ」
彼女は私にコーヒー牛乳を放り投げてきた。
「あ、サンキュー」
私はそれをキャッチする。ポケットから財布を取り出そうとするが……
「あ、ごめん……財布忘れた」
なんたるうっかりミス。
「いいわよ……別に奢りで」
そう言って飲み物をみんなに配る彼女、意外とマメだ。
「いやいやそういうわけにいかないって、今度返すよ……それじゃ、せっかく全員揃ってるし今日はこのまま歌のレッスンでもしようか!」
私は立ち上がってそう言った、何だか昨日から無性に歌いたい気分だった、原因は……言うまでもない、代々木さんの歌声を聴いたからだ。
そうして、その日はそのまま歌のレッスンに費やしたのであった。




