42話 真紅の歌姫
「ふぁ〜あ……」
思わず大きな欠伸が漏れてしまった。私は寝ぼけ眼を擦りながら大きく伸びをする。
「はぁ……随分と眠そうねマイ」
前の席に座っているエリナがこちらを向きながら呆れた様子で私を見る。
「いや……だって今日は真夜中に緊急出撃だったし、逆にエリナはよく平気だね?」
今日の午前二時ごろ、中京都湾岸の工業地帯においてゴーストが出現。グリフォン隊と、私達が出撃しこれの対処に当たった。
南沖島から帰ってきてもう一ヶ月が経った。その間に私たちは今日の戦闘を含めて2回、戦闘を経験した。
幸い、戦技を行わなければならない程厄介な敵は出現していないが、私達も中京基地に所属するパイロット。実戦経験を重ねるべきという上の判断で、グリフォン隊のお手伝いのような事をしている。
私達ももうすっかり、自衛軍の一パイロットなんだなぁとしみじみ感じる。
「マイちゃん、エリナちゃん、お昼食べにいこ?」
ハルカが私達の席の近くにやってくる。
「……私あんまお腹空いてないし」
とにかく眠いので、昼は机に突っ伏して寝たい。
「もーう! 何か食べないとダメだよマイちゃん、朝ごはんも全然食べたなかったでしょ!」
と、母親みたいなことを言われ無理矢理食堂に連行される私。
「いただきます……」
とりあえず、軽く食べれそうなサンドイッチと大好物のコーヒー牛乳を買った。空いている適当な席を探して座る。
「明日はミニライブがあるし、中々忙しいねぇ……」
私の隣に座ったハルカがそんなことを呟く。
南沖島から帰還して以降、私達は本格的に自衛軍の広報係としても活動を始めた。最近では中京都の各地で下積みのようなミニライブをさせられている。
まるで本当にアイドルしてるみたいだなぁこれ……
千駄木司令曰く、自衛軍のイメージアップ戦略だそう。広報活動も私たちの仕事の一環であるらしい。
「なんだかいいように使われている気がしますわ」
私の正面に座ったエリナが不満そうにそう言った。
「まあ、私達も一応お給料もらって働いてるわけだし……貰ってる分はちゃんと仕事しないと」
エリナの気持ちもまあ、多少はわかる気がする。
でも、私達は正式な軍人でもあるわけで、一応それなりのお給料は貰っている。正直高校生にとっては、持て余すレベルの金額であまり使い道が思いつかないけど……
「それはそうですけど……」
まだ、納得のいっていない様子なエリナ。
「ま、取り敢えず考えるべきことは明日のミニライブでしょ」
ハルカが話題を切り替えるようにそう言った。
「広報活動と、ミニライブの積み重ねでジワジワと知名度も伸びてきてるし、頑張らなきゃ!」
「頑張るって……私達は普通のアイドルじゃないんですのよ?」
ハルカに言い返すエリナ。まあ確かに、私たちの主目的は戦乙女としてゴーストと戦う事だ。広報活動に使われるのはなんだか目的とズレてるような気もしなくはない。
「はぁ、眠い」
私は何の気なしにチラリと窓から外を見る、赤色の蝶がヒラヒラとはためいているのが見えた。
「赤い蝶なんて珍しい……」
赤い蝶……エメリア共和国……
私の頭の中に、蒼グレでのあるイベントが過ぎる。たしか、そろそろそれが起こる時期だったはずだけど。
「マイちゃんどうかしたの?」
ハルカが学食名物、小倉トーストを食べながら私を見る。
「……ん、なんでもない」
コーヒー牛乳をストローで飲みながら私は誤魔化すようにそう答えた。
〜〜〜〜〜〜〜
エメリア王国 某所
『ゴーストの大群をレーダーに捉えた……報告より多いな……』
八機の戦人機が灰色の空を飛ぶ。まるで甲冑を被った中世の騎士のような機体。そのボディには水色を基調としたフェリス迷彩が施されている。
『スカーレット1より、この辺りは日本との国境が近い、国境に注意しつつ、散開し敵ゴーストの殲滅に移れ』
隊長機からの指示が飛ぶ。やがて八機の戦人機は陸を離れ海へと飛び出す。
「……」
八機のうちの一機、その機体だけ赤々しいカラーリングが施されており、独特のオーラを放っている。
"Sz-21 バーボチカ"、ソ連において開発された第二世代戦人機であり、主にソ連を始めとする東側諸国において配備されているこの機体は、エメリア王国の正式採用戦人機でもある。
バーボチカは蝶を意味するロシア語であり、"Sz-21"の愛称にもなっている。
低価格ながら安定した性能を持ち、拡張性の高い"Sz-21"はそれぞれの国において独自の改造が施された派生機が多く誕生している。
そして、赤々しいカラーリングを持つその機体は"Sz-21/DIVA バーボチカ改"、これこそエメリア王国が独自に改良を施した機体であり。この機体にはある特殊な機能が搭載されている。
『真紅の 歌 姫、お前の歌声を奴等に聴かせてやれ』
「了解」
"Sz-21/DIVA"を駆る、見惚れるほど綺麗な銀髪を持つ少女が隊長機の指示に応答する。
彼女はコンソールを操作して、その特殊な機能を起動させた。
「私の歌声は、王女の為に……」