29話 謎の少女
私の前に現れた少女。随分と幼い、小学生くらいであろうか。
「えっと……あなたは?」
動揺を抑え込み、彼女に質問してみた。
「私? 私は……」
空色のワンピースをふわりと靡かせながら考え込む素振りを見せる彼女。彼女のサラサラとしたショートボブの赤髪が空の青との対比で映える。
「うーん、言葉にするのは難しいかな?」
……どういう意味であろうか。
「それよりお姉ちゃん! 私見てたよ! えーっと……えいっ!」
彼女は突然パチンと指を鳴らした。すると……
「ッッ……!!」
……今、私の目の前で信じられない事が起きた。私は彼女の五メートルほど後ろに突然、音もなく姿を表した"それ"を凝視する。
そこには、漆黒の色を纏った"一式高等練習機 紫雲・丙型"が威風堂々と屹立していたのである。
「ど、どういう事?」
いやいや……何の手品? タネと仕掛けが全くわからない。
「私もお姉ちゃんの真似して動かしてみたけど、難しいねー……」
この娘は一体何を言っているのだろうか。
私は再度"紫雲・丙型"に視線を向ける。飛行ユニットも付けておらず何の武装もしていない。そしてカラーリング、この黒々とした色はどこかゴーストを連想させた。
本来、肩部に存在する国籍マークや"JSDF"という自衛軍を表すアルファベット、部隊コードやパーソナルマークなどが全く存在しない。見慣れた"紫雲"だというのに、明らかに異質な雰囲気を放っていた。
「どこの所属の部隊よ……シリウス、IFF(敵味方識別装置)を確認して」
私は現実逃避がちに冗談を飛ばす、もちろんこの場にシリウスはいない。
「はぁ……私、夢でも見てるの……?」
頭を抱えた、夢なら早く覚めてくれ。タチが悪すぎる。
「お姉ちゃん?」
彼女の空色の瞳が私を覗き込む。
「いや……なんでもないよ」
……なんだかお姉ちゃんお姉ちゃん言われるのも悪くない、私には妹はいないけど、いたらこんな感じなのであろうか。
「……そろそろ時間だね」
ふと彼女がそんな事を呟いた。
「時間って、え? 嘘でしょ……」
空を見渡す、気がつくといつの間にか夕暮れの茜色が空を支配していた。全く気が付かなかった、いつの間に……
「また会おうね!」
手を振る少女。
「えっ、ちょっと……あれ、なんか……めっちゃ眠い……」
なんだかとても眠くなってきた、やばい……立ってられない……
そうして私は再び意識を失った……
〜〜〜〜〜〜〜〜
……ッ!
「ハルカちゃん?」
意識がハッキリしてきた。ここは、戻ってきた?
「ちょっとマイ、大丈夫ですの?」
エリナが心配そうに私の顔を覗き込む。
「あれ……私……」
寝ぼけ眼の目を擦る。私今寝てたの?
「突然うずくまり出して、具合でも悪いの?」
ジェイミーの心配そうな声。
「あ、いや……なんか一瞬寝てた、夢見てた」
「はぁ?」「ね、寝てた?」
驚きと呆れ混じりの声をあげるエリナとハルカ。
「やれやれ……シャキッとしない、今は仮にも調査任務中なのよ?」
ジェイミーの叱責。
「ごめんごめん」
私は立ち上がる。本当に悪い夢でも見てたのかな……
そうして、その後調査を再開。
「えっと、歌えばいいんですか?」
研究員さんの指示に従い、結晶の前で私は歌った。歌はなんでもいいとのことだったので、出来立てホヤホヤの電波ソングを歌ってみた。
すると奇妙な事に、結晶はキラキラと輝き出す。
「やはり……ステラ因子を持つ者の歌声に反応するのか……」
納得した様子の研究員さんたち。彼女達は口々に何やら難しい言葉を並べて議論を始めた。
「……」
置いてけぼりになる私達。
そうして、調査は終了。結局具体的に何を調べているのかは私たちにはわからなかった。
まあ詳しい話をされても多分理解できないだろうけど……
それにしても今日は本当に奇妙な体験をした、あれは夢だったのか。あの少女と突然現れた戦人機は何者なのか。
まあ、常識的に考えて。指パッチンで戦人機を呼び出せるような"人間"は存在しないだろう。
だから、夢……そう、あれは夢のはずなのに。
「夢と思えないくらいリアルな感覚だったんだよなぁ……」
謎は深まるが気にしてばかりはいられない、明日からは二日間、演習訓練が詰まっている。そうしてその先には初めての民間向けライブ。
気持ちを切り替えなければ……
〜〜〜〜〜〜
そうして、宿舎に帰宅した私達。少し時間もあったので今日も歌とダンスのトレーニングを始めた。
「っ……どう?」
ジェイミーが踊り終わる、披露してくれたのは新曲の振り付け。前回同様、1日で仕上げてくれたみたいだ。
「うん! さすがジェイミー、バッチリ!」
拍手をするハルカ。
「だね、完璧」
やはりジェイミーに任せておいて間違いはなかった。この娘のダンスセンスは本物だ。
「ふ、ふん……まあまあ良いじゃないの」
と、エリナ。彼女なりの賞賛なのであろう。全くこの娘は本当に素直じゃないなぁ……
「みんな納得したみたいね! じゃあ早速トレーニングにかかるわよ!!」
そうして、私達は早速新曲の練習に取り掛かる。時間は少ない、のんびりと悠長にしている余裕はない。
そうして、二時間ほどトレーニング。終わる事にはいつものようにクタクタであった。
……なんか、本当に合宿だなぁ、これ。