18話 スナイパーの適性
《高度制限、重力子雲の発生を確認、高度を50フィート以下に保ってください》
コンソールからの指示。私はスロットルを倒し飛行ユニットの出力を絞り高度を下げる。重力子雲という特殊な雲の影響がある場所では、重力崩壊という現象が起きて飛行が困難になる。戦人機乗りは常にこの雲に気を遣わなかればならない。
「……っあ!」
絞り過ぎた……! 機体は地面に近づいていく、着地の姿勢を取ろうとするがうまくいかず。派手な音を鳴らしてコケてしまう。
「はぁぁ……難しい」
私は操縦席にもたれかかる。飛行ユニットの操作はかなり慎重に進めなければこうなってしまうのである。
「情けないわね!」
ジェイミーの声、通信ではなく外から聞こえる。
「しょうがないじゃん! 不意打ちはずるいって!!」
私は不満を垂れながらコックピットブロックから出る。
私は今、操縦のシミュレーション訓練を行なっている。シミュレーションとはいえかなり本格的な物で、操縦の感覚はなんとなくだが掴めつつあった。
「あの娘を見習いなさいよ」
ジェイミーは隣で訓練しているハルカの方を指さす。
「5匹撃墜! これで私もエースパイロットだね!!」
シミュレーション用のコックピットブロックから出てきたハルカは誇らしげにそう言った。
「まさかハルカにあんな才能があったなんてね……」
感心するように呟くジェイミー、ハルカは早々に戦人機の操縦を把握して、シミュレーションでは感服させられるほどの戦果を上げている。
まぁ……蒼グレでもそうだったし。あの娘、操縦のセンスはすごいんだよね……戦乙女の技術、は私のが上だと思う、だけどこっちは全く敵わないかなぁ。
「今までの訓練を見るに、ハルカは前衛向き、マイは後衛向きね」
ジェイミーの分析、戦人機は基本4機編成の小隊単位で行動することが多い。その中で前衛や後衛の役割をしっかりと決めていくことが重要だという。
「マイ、あなたはこれ迄のデータから狙撃手タイプなのが分かっているわ」
私が狙撃手タイプ……実感は湧かないがどうやら私には向いているらしい。反対にハルカは長刀や短機関砲二丁持ちでガンガン前に出て攻めていくタイプであった。
「操縦だけでなく、実際のスナイパーライフルでの射撃訓練も頑張ってね」
私は感覚を掴むため基地内の射撃訓練場で自衛軍の狙撃銃を使った射撃訓練を行っていた、もちろん結果は芳しくないけど。
「あと一週間と半分くらい……大丈夫かなぁ」
私がボヤく。せっかく戦乙女試験をパスしたんだし、パイロット試験で失敗したくはない。
「今の戦人機は操縦がなるべく簡略化されているから。人並みに動かすくらいならなんとかなるはずよ」
ジェイミーのアドバイス、そうは言っても難しいものは難しい。この辺りは才能の差なのであろう。
「明日は実機訓練だし、感覚掴んでいこう!」
こちらにきたハルカがそんな事を言った。そう、明日には実機を使った訓練が控えている。実質私たちにとっては初めての経験だ。
「……憂鬱だ」
明日が来なければいいのに……
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だが現実は残酷である、次の日はどんなに来ないでと祈ってもきてしまう。
『初めましてマスター、私は戦乙女用パイロット支援AI、シリウスです』
モニターの中の少女が名を名乗る、彼女は戦乙女のパートナーとなる特殊なAI、リゲルの妹になるらしい。この紫雲・丙型に特別に搭載されたAIだ。
「よろしくねシリウスちゃん……にしてもリゲルと全然性格違うなぁ……」
見た目も紫髪の綺麗なストレートのロングヘア、声も低めでかなりクールな印象を受ける。
『はい、姉は初号テストタイプ。後発の私の方が優れています』
自信満々に答える彼女、私はコックピット内を見渡す。XA-51と違い正面と左右にしかモニターが存在しない。席も単座で窮屈な印象であった。
「これが旧世代機……」
紫雲・丙型は旧世代機である紫雲を練習機用に転換した機体である。アメリカ帝国産であるA-43を日本皇国の赤坂重工がライセンス生産したものであり、長らく日本の戦線を支えてきた機体だ。
しかしながら国産二世代機である晴嵐の完成、配備により徐々に退役が進み、一部はこうして練習機に転換されているらしい。
私はチラリと左右の隣のモニターを見る、右にはXA-51、左にはピーコック。どちらも2.5世代機に属する最新型機だ。
「私だけ格差酷くない……?」
『第一試験音楽小隊、配置につきました、状況を開始してください』
と、女性の声。管制からの指示だ。
『マスター、訓練が始まりました』
シリウスの声で我に帰る私。いけない、集中しなければ……
そうして訓練は始まる、今日は編隊飛行の訓練。頑張らなければ……
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「はぁ……昨日は散々だった」
私はため息をつく。昨日の訓練は思う様にいかなかった。
「あはは……まあ最初の実機訓練だし」
私たちは駄弁りながら学校を出る、今日も戦人機の訓練。憂鬱だ……いつものように放課後、基地に行こうとしていた、だがその時……
「綾瀬マイ!」
と、学園の正門を出たところで名前を呼ばれる。この声……面倒くさい、早く基地に行かなければならないのに。
「あなた、数日前に中京基地にいましたわね!」
ぎくっ
「あの白人の娘は誰ですの!? あなた達何であんなところでアイドルの真似事なんてしてましたの!?」
私に詰め寄る彼女。見られていたのかあの戦技……
「あ……えっと、ごめん!! 軍事機密だから!!!」
ここは……逃げるしかない!!! スタコラサッサと私はマイの手を引き脱兎の如く駆け出した!
「あ、ちょっと!」
私は後ろを振り返る。どうやら追いかけては来ない様だ。
「まさか赤坂さんがあのライブ見ていたとはねぇ」
ハルカが意外そうにそう言った。まぁ、あの娘は赤坂重工の関係者、蒼グレの展開から考えても基地にいるのはおかしくはないと思ったが……
「ほんと、なんてタイミングだよ……!」




