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99 別れと旅立ち

 ミリムが先にゲルトに戻る事になったので、最後の夜は三人で食事をしようと、街のレストランを訪れた。

 魚料理が中心の人気の店なのだそうだ。前菜で真鯛のカルパッチョが出てくる。確かにこの世界でこういう店は珍しい。


「楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうな、ミリム」

「そうですね。お兄さん。本当に楽しかったです」

「あんな事を言ったけど、いつでも追いかけて来ていいのよ」

「大丈夫です。今回、ご一緒させていただいた事で、僕は多くの事を学びました。今は、早く戻ってそれを商品にしたくて、ウズウズしてます」


「ミリム、慌て無くても、ゆっくりでいいからな」

「はい、でもライフジャケットは、アミル君と相談して大急ぎで作る必要があると思ってます」

「うん、頼んだぞ」

「磯釣りも、長い竿や滑らないブーツが必要な事がわかりました」

「磯で釣る人達も増えて来るだろうからな」


「まだまだ、作り出さないといけない商品がいっぱいあります。やり甲斐がありますね」

「一人で無理だと思ったら、仲間を増やすのよ」

「はい! 分かってます。そのうち、お兄さんお姉さんがあっと驚くような道具を作って送りますよ」

「ワハハ、その意気だ!」


 裕介はいつものように、ミリムの頭をガシガシと撫でた。ミリムが両手を添えてその手を取り、自分の頬に当てる。

「お兄さん、お姉さん。本当にありがとうございました。一年前、僕は何の目的も無くゲルトにやって来たのに、勉強を教えてもらい、釣りを教えてもらい、お店まで持たせてもらって、夢まで持たせてもらえました。そして家族にまで」

「ミリム…」

「この一年は、僕にとって夢のような一年でした。全部、お兄さんとお姉さんのお陰です」

「ミリムちゃん…」


「これからどうなるのか分かりませんが、精一杯恩返しをしたいと思います」

「恩返しだなんて、そんなことを思う必要はないのよ。あなたは、私達の妹なんだから!」

「失敗したら、また助けて下さいね。テヘッ」

「ああ、いいぞ。いつでも泣きついて来い!」


 翌朝、ミリムは三人のエスパール騎馬兵に守られて、バイクでエノスデルトを後にした。

 裕介とセフィアは、門まで見送りに来て、いつまでも手を振っていた。最後まで泣かずに頑張ったミリムだったが、二人に背を向けてバイクで走り始めると、ミリムレンズの下で大泣きに泣いた。


「頑張るんだ! 早く一人前になって二人を追いかけるんだ」

 ミリムは強い気持ちで、自分にそう言い聞かせながら街道をゲルトに向かって走った。


 ミリムが去った後、裕介達もベイグルを出て、最初の国オスタールに出発する準備に取り掛かる。ゲルトで手に入れていた世界地図を広げる。まだ空白の部分も多いが、この中央大陸だけは、ほぼ埋まっている。国境を出たら、アミザと言う港町を目指す。


 アミザの西はアミザ海峡を挟んで、西の大きな大陸アルラシア大陸が広がっていて、海峡を渡る船もあるらしいが、裕介は先ずは中央大陸の山脈の南側の国々を回ってみようと思っている。

 ギルドや通貨が有効なのも、中央大陸に限られているらしいので、ベイグルしか知らずに別の大陸に渡るのは流石に無謀だと思えるからだ。


 オスタールには、川らしい大きな川はオーベル川と言う川の上流部分だけがあり、下流はアルバスと言う国に跨がっているらしい。

 オスタールでは、海釣りと上流の釣りしか出来ないだろうが、気候は中央山脈の南で赤道にも近くなるから、かなり暖かいようだ。暖かいと川にいる魚も変わるだろう、どんな魚がいるのかそれは行って釣ってみてからのお楽しみだ。


 エノスデルトはセフィアが育った街だけあって、セフィアの知り合いが流石に多い。披露宴と言うわけでは無いが、旅立つ前に一度友人を集めて、パーティーをしてはどうか? とクリスに提案され断る理由も無いので、パーティーが開かれる事になった。

 クリス夫妻にとっては、セフィアへのお祝いと餞別のつもりもあったらしい。


 新兵訓練所、海野の就任祝賀パーティー以来の、この世界で三度目のパーティーだが、今回は裕介とセフィアはホストになる。ベイグルでは、パーティーのホストは感謝の気持ちを表す為に、歌うとか、踊るとか何か芸を披露しなければならないと、前日になって裕介は聞かされる。そう言えば、海野さんも歌を歌っていたなと裕介は思い出した。


「マジか? どうする?!」

「すっかり忘れていました。困りましたねぇ〜」

「ギターくらいならちょっとは弾けるけど、無いよな?」

「グターなら、ありますけどね」

「なんだか似た名前だけど、なんだそれは?」

「六本の鉄の糸の付いた、瓢箪みたいな楽器です。確か兄さんが持ってましたよ」

「そりゃぁ、ギターじゃないのか?」

「借りて来ましょう」


 セフィアがクリスから、グターを借りてきた。

「こりゃ、フォークギターじゃないか! 何でこの世界にあるんだ?」

「日本にもあったのですか?」

「うん、ほぼ同じだ」

 裕介は、チューニングを始める。ギターを弾くのは何年ぶりだろう? この世界に来る前、確か中学二年頃から、兄に貰ったギターを弾いていた。


 うろ覚えだった曲を弾いてみる。

「すごい! あなた! 上手じゃないですか!」

「こんなので良いのか?」

「充分です! じゃぁ、私が歌を歌いましょう」

「セフィアって歌えるのか?」

「いつも鼻歌を歌っているじゃないですか」

「いや、ちゃんと聴いたこと無かったから」

「実は、得意なんですよ」

「じゃぁ、日本の歌を教えるから歌ってみるか?」

「はい! 教えてください」


 裕介は好きだった、日本のある女性シンガーソングライターの曲をセフィアに教えた。


 翌日、大勢の客の前で二人は披露する事になる。

 それは、人と人の出逢いと、そこから始まる幸せについて歌ったしんみりとした歌だった。そのままセフィアは日本語で歌う。

 裕介のギターは、情緒たっぷりに、セフィアの歌声は透き通るように、集まった人々は、言葉の意味は分からないものの、心に優しさと温かさを感じ言葉に詰まった。


 裕介にも、忘れていた日本の思い出と共に、この世界に来てからの出逢いと別れが走馬灯のように甦るのだった。


 この数年、死んだ方がマシだと思う事もあった。戦争の名の下、人も殺めた。自然も破壊した。国も壊した。友も死んだ。


「それでも、俺はセフィアと共に前を向いて歩く」

 裕介は、自分の方向を再度認識した。

これで2章終了です。

ストックが減ってきましたので、土曜日までお休みをいただき、土曜朝6時から、また再開します。

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