93 干満
船を出してもらえる事になった後、宿に戻り、ステラとミリムが、ライフジャケットをもうちょっと見てくれの良い商品らしくしようと、どこかで布地を手に入れて来て衣服らしく布で覆った。
自分達が可愛いのを着たかった事もあるのだろう。ステラは釣りもしないのに、ついてくる気満々だ。
その夜は、村長の家の夕食に招かれた。
魚料理中心だが、とにかく美味しいのだ。やっぱり魚介の出汁は良いなと裕介は思った。
「セフィア様は、子供の頃から勉強家でしてな。とにかく、疑問に思った事を何故? と聞くお子様でした」
「爺、何を言い出すのよ! 恥ずかしいじゃない!」
「いや、今でもだよ」
「そうだ、ミリムに海の事を教えておかなくちゃな」
「あなたの講義なら私も聞きたいわ。爺も良く聞いておきなさい」
「いや、海の事なら私の方が詳しいですぞ!」
「ユースケさんのは、違うから」
「では、拝聴いたしましょう」
「こほん! じゃあ、俺が話すのは、元の世界と同じと言う前提でだぞ」
「先ず海と川の大きな違いは、塩水だって事だ。海水の塩分濃度は大体三パーセント強でかなり塩っぱい。人間の体液と同じだとか言われるけど、それは嘘だ。体液の塩分濃度は一パーセント弱だから、三倍以上だ。だから海水は飲み水にならないんだ」
「ほー!」「爺! 静かに!」
「一昨日も言ったけど、この塩水に川の魚が入ると浸透圧と言って、魚の体液が海水のほうに浸み出てしまう。だから、普通の川魚は海では生きられないし、海の魚も同様に川では生きられない」
「でも鮭は、行き来出来るんでしたよね」
「そう、鮭科の魚にはスモルト科と言って海水に適応出来る能力が備わっているんだよ」
ミリムは、師匠である兄の言葉を一言も逃すまいと聞いている。裕介も出来るだけミリムに伝えておきたいと思っている。
「次に海には潮の流れと言うものがあるんだ」
「えっ?海にもまだ低い場所があるのですか?」
「いや、そうじゃ無い。これには月が関係しているんだ。何故月が満ち欠けするかわかるか?」
「月の神様のご機嫌じゃないのですか?」
「ははは、月がこの星の周りを三十日かけて回っているからだ。太陽の方向にいる時は、後ろから影の部分を見るから新月。反対にいる時は満月なんだ。つまり、丸いものが太陽に照らされて、半分だけ光っているのを角度を変えて見ているんだな」
「えぇぇ!」
「それと別に、この星も自分で回転しながら、太陽の周りを回っているんだ」
「でも、私達は飛び出さないですよ!」
「それは、この星が俺たちを見えない力、引力って言うんだけどで引っ張っているからだ。月もそれでこの星に引っ張られているんだ」
「では、この星も太陽に引っ張られているんですか?」
「そう、理解が速いな。厳密に言うと、お互いに引っ張りあいこしている。俺とセフィアみたいに」
「あなたん!」
セフィアは嬉しそうな声を出す。
「ご馳走さま」ステラが、シラけた目で見る。
「ここからが大事なんだが、海の水は月の方向に引っ張られるんだ。こんな感じに楕円形になる」
「でも、おかしいですね。反対側には月が無いのに反対側も膨らむんですか?」
「良く気がついたな。この星も月に引っ張られて、反対側は水が取り残されてこうなるんだ。これを満潮って言う。この星が自転しているから、今、ここにいるとすれば、こっちとこっちで一日に大体二回だな」
「その間に一番低い時、つまり干潮がある。これによる水の流れが海の潮の流れだ。月と太陽が一直線に並ぶ新月と満月の時が、干満の差が一番大きくなる。これを大潮と言って、魚達の活性も上がる」
「なるほど、それで新月、満月の時は豊漁が多いのですかな」
爺も感心して聞いている。
「まぁ、他にも水の温度差、塩分濃度の違い、風によって起こる大きな海流って流れもあるけどな」
「やっぱり魚は、流れの上流を向いているんでしょうか?」
「そうだな、餌が流れてくるからな。海の中にも山があって、流れが当たる面に餌が溜まりやすいから、その面に魚はつきやすいな」
「干潮と満潮の時間には、流れが止まる。この時間は魚はほとんど食わないものだ。上げ三分って言ってな、干潮から満潮の間の十分の三の時間が一番の狙い目だと言うが、俺は潮の動き始めとかが好きだけどな」
「釣れる時間が決まっているって事ですね?」
「そうだ、それ以外は、朝と夕方。太陽の低い時間に釣れやすいのは川と同じだな」
「季節は関係ないのですか?」
「春は産卵期の魚が多い、普段深みにいる魚が産卵の為に浅瀬に集まってくるから、釣りやすくなる。秋はそれで産まれる子供が多いから釣れやすいかな?」
「まぁ、ざっくりとはこんな感じだ。だから、釣れない時期があっても、ここには魚がいないと思うのは早計だ。本当にいない場所もあるけどな」
「確かにセフィア様の仰る通り、素晴らしいですな。海の干満を天空の動きから説明なさるとは! 六十年生きてきて初めて知りました。もっと、いろんな話しを教えていただきたくなります」
「ありがとう。自分の好きな事だけしか知らないけどね」
「海釣り、面白そうです」ミリムが目を輝かせて、やる気になっている。
「だろ? 川とはまた違った面白さと、美味しさがあるぞ。海の魚は今日食べさせてもらった様に美味しいからな!」
「はい。美味しいのは無敵です!」
「じゃあ、明日から釣りまくろう!」




