92 エルベ
午後からは、日陰で昼寝をしたり、ビーチフラッグで勝負したり、みんなで貝掘りしたりしてのんびりと楽しむ。
夜になった。流石に冷えて来るので、クリーンナップを済ませて普段着に着替えている。
出来上がったスモークサーモンのサンドイッチとヒラメのしゃぶしゃぶ、とは言っても醤油が無いので塩胡椒味で夕食を済ませ、浜辺に打ち上げられた木切れを拾って来て、キャンプファイヤーをしている。
この世界では、加熱魔法陣を描いた石があるので、余り火は焚かないが、そう言う気分になった。
久しぶりに暗闇で火を焚くと、パストゥールの川作りの温泉や夜襲の柿沼さんの火魔法を懐かしく思い出す。
「綺麗ですねぇ」
満天の星空を眺めて、隣に座ったセフィアが呟く。
「うん」
ステラとミリムは夫婦に気を使って、火の反対側で何やら話し込んでいる。
「ベイグルはかなり北極に近いから、オーロラが見えてもおかしく無いんだけど、見えないな」
「オーロラって?」
「太陽からの磁気かなんかで、空一面に色んな色の光のカーテンみたいなのが、見える現象だ。俺も一度も実際には見た事がない」
「幻想的なんでしょうね」
「そうだな。そうだ、セフィアって、花火みたいな火魔法は使えないのか?」
「花火がわかりません」
「あっそうか、火薬が無いものな。空で爆破した火花が広がるんだ。日本では、この季節になると週末には、どこかで花火大会があったな」
「日本って、いいところだったんですね」
「うん」
「火花なら、出せますよ」
セフィアは、近くで細い草の茎を拾って来て、先端に魔法で火を付けた。
パチパチと小さな火花が、先端で飛び散る。まるで線香花火だ。
「そうそう、これは線香花火だな。綺麗だな」
「ええ」
線香花火を持って、火を落とさないように気をつけていた裕介に、セフィアが口付けをした。柔らかな唇の感触と甘いセフィアの香りに裕介は包まれる。
線香花火の火が落ちて消えた。
翌朝、四人は海岸沿いに西の漁村を目指して移動を始めた。その漁村はセフィアの父が治めていた旧エスパール領になるのだそうだ。エルベと言うこの漁村の周りなら、磯もあり、漁村で頼めば船も出してもらえるだろうとセフィアが言うので、そこを目指している。
その漁村に滞在して、ミリムに海釣りを経験させた後、エスパール本邸のセフィアの兄夫妻に挨拶をしてから、国境を出るつもりでいる。
ミリムとは、そこでお別れで街道筋をエスパールの護衛を付けてもらって、ゲルトに送り届ける事になっている。
漁村に入るとセフィアを見つけた元領民達が大歓迎だ。
「誰かと思ったら、姫さまでないだべか。びっくりしちまっただよ」
「姫さま」
セフィアは実家で肩身の狭い思いをしたと聞いていた裕介は、あまりもの元領民からの慕われように面食らいながらも、村長宅に案内された。
「これはセフィア様、ようこそおいでくださいました。ご結婚なされたそうで、おめでとうございます」
「爺も元気そうでなによりです。こちらが私の夫、ユースケ・カワハラ様、こちらがパルージャ商会のステラ・パルージャ様。そして、こちらが私の義妹になった、ミリムセイコウのミリム様です」
ステラは、場慣れしたもので、サッとズボンの裾を掴んで会釈した。
この紹介に一番びっくりしたのはミリムだった。
「様だなんて…」
「何をおっしゃいます。姫様の義理の妹様であれば、我々にとっては、小姫様ではありませんか」
「村長のキリッシュでございます。以降お見知り置きを」
「ぴえっ! 小姫様って…!」
「ユースケと呼んでください。よろしく」
裕介は、村長と握手をする。
「この度は、おめでとうございます。私の目の黒いうちに姫様の旦那様にお目にかかれるとは、もう思い残すことはございません」
裕介はあまりの仰々しさに、ちょっと驚いた。
「この爺は、私の教育係だったのですよ」
「それでか! ちょっとびっくりしましたよ。じゃあ、ステラが魔法を使えるようになったのは、ご存じですか?」
「なんと! 今、なんと仰りましたか?」
「爺、これよ!」
セフィアは、部屋の隅にあった飾り物を浮かせてみせる。
「おぉぉ!」
爺は号泣である。鼻水を垂らして泣いている。このまま死んでしまうのでは無いかと思うほどの号泣だ。セフィアがヨシヨシと背中を摩っている。
多分、この人がセフィアに魔力が無かった事に一番苦しんだ人だったのでは無いだろうか? そう裕介は思った。
「セフィアには、結婚するまで魔力が無かったんだ」
裕介は、ドン引きしている、ステラとミリムにそっと耳打ちした。二人は、なるほどと、やっと納得がいったようだ。
こうして村長の采配で、エルベ村に裕介夫婦とステラとミリムが滞在する空き家を用意してもらえた。
「誰か船を出して釣りをさせてくれる人がいるといいんだがな」
裕介がそう言うと「じゃあ、私が探して来ましょう」とセフィアは出て行った。
「じゃ、俺は簡易ライフジャケットでも作っておくか」
裕介は、そう言うと石を集めてきて金型を作り始めた。パイプの先に溶けたサファイア樹脂を付けて、金型の中で息を吹き込むと、金型の形の風船が出来る。こうして、ボトルを作っていたので同じ要領で、幾つものドーナツ型の風船を作った。
サファイア樹脂で密封し中央の穴をうまく使って、組紐のロープで繋ぎ、器用にベストの形にする。
「すごい簡易だけどな。早速、テストしてみよう」
海パンに履き替えると、ミリムを呼びに行く。
「ミリム。水着に着替えて海に来いよ」
「えっ! 今からですか?」
「ああ、ライフジャケットのテストをしよう」
「はい!」
仕事だと思うとミリムの行動は速い。直ぐに、水着で出てきた。
漁港に行くと、セフィアが漁師と話しをしていた。
「おーい!セフィア」
「あら、あなた」
「どうだった?」
「姫様の旦那様だべか?」
船の上から、漁師らしき男が聞く。
「ああ、船を出してもらえそうかな?」
「姫様の頼みだから、乗ってもらいてぇのは山々なんだども、泳げねぇ人を乗せるのは危なくって、責任が持てねぇって話していたところだ」
「責任感の強い、いい船長だな。もっともだ。それで、こう言う服を作ってみたんだが、これを着てもダメかな?」
「なんだべ、そりゃぁ〜?」
「海に落ちても浮いていられる服だ。試してみよう」
裕介が海に飛び込む。一度沈んだが、胸から上はプカプカと浮いている。
「こりゃ、たまげたな。それなら、溺れる心配はねぇ」
裕介は海から上がってきた。
「じゃあ、次はミリムがやってみろ。暴れずにじっとしてたらちゃんと浮かぶ」
「えっ!」
ミリムは涙目になっている。
「この娘は、泳げないんだよ」
そう言いながら、裕介はミリムにライフジャケットを着せた。
「ほれ! 飛び込んでみろ!」
「えぇぇ!」
行こうとして二の足を踏んでいるミリムの背中を裕介が、ポンと押す。
どぼーん!
ミリムは、頭から落ちた。
「あぶぶぶ…! 助けて!」
「ミリム、もう浮いているぞ」
裕介が笑いながら言う。
「えっ?! アレ、ほんとだ。すごい、これを付けてると泳げますよ、お兄さん」
ミリムは犬掻きの様な泳ぎをしながら、裕介の方を見て言う。
「これが、ライフジャケットですか。必要ですね!」




