91 ヒラメ下駄
「ミリム、これでちょっと海の中を歩いてきてみてくれ」
裕介は、落ち着くと砂を固めて変な靴のようなものを作った。厳冬期作戦で氷の上を歩くのに履いたアイゼンに似ている、しかし鼻緒のついたビーチサンダル。底が尖った刃になった下駄だった。
「へっ? お兄さん、こんなもので何をするんですか?」
「まぁ、いいから騙されたと思って、ちょっと膝までくらいの波打ち際を散歩してきてくれ」
「いいですけど」
まだ水着姿のみんなは、離岸流事件の後、波打ち際で遊ぶことにした。
ミリムは言われたまま、アイゼン下駄を履いて、波打ち際を散歩する。
しばらく歩いた時だった、何かを踏んづけた!
ビクン! ビクビク!
「なっ! なに?!」
それは、釣った後の魚を絞める時に抑えている手の感触に近かった。ミリムはあり得ない衝撃に腰を抜かして尻もちをつく。途端に下駄が脱げ、下駄が大きな魚に刺さっているのに気づいた。
「これも釣りなの?」
下駄を持って、砂浜に魚を引き上げる。それは五十センチ近いヒラメだった。
ミリムがヒラメを持って走り戻って来る。
「お兄さん〜! こんなのが獲れました!」
「おぉ! いいヒラメじゃないか! これは、昔の日本にあったヒラメ下駄って言うんだ」
「ヒラメですか?」
「うん、左ヒラメ右カレイって言ってな、ヒラメとカレイってそっくりな魚なんだけど、お腹の部分を手前に置いた時に、左に頭があるのがヒラメで、逆がカレイだ」
「えっ! ミリムちゃん、今、獲ったの?」
これに食い付いたのは、珍しくステラだった。魚釣りには、全くと言って良い程興味を示さないが、歩くだけで獲れるとなると話しは別らしい。
ミリムから、ヒラメ下駄を受け取って履くとノシノシと巨乳を揺らせて、アザラシ達を散らせながら歩いて行った。
「きゃー! 私にも獲れたわ〜!」
しばらくすると、ヒラメを持って戻って来た。
かなり嬉しかったらしい。
「じゃぁ、今夜はヒラメのシャブシャブでもするか」
「ミリム、ヒラメもルアー対象魚だ。ミノー系のルアーなんかで狙うと、この分なら結構釣れると思うぞ」
「海の魚もルアーで釣れるんですね」
「釣れるけど、ここじゃアザラシが多すぎて、あいつらを傷つけてしまいそうだからな」
「お昼過ぎたけど、ハマグリを結構掘ったから、焼いて食べるか。潮抜きしてないから、砂まみれだけど」
ベイグルには、魚もそうだが、貝を食べると言う習慣がほとんど無い。羊飼いや狩猟が中心の食生活だったから、食べる必要が無かったのかも知れない。
裕介は、網を作って焼き始めた。
焼けて口を開くと、お酒とバターをちょっと垂らして、パセリの様なハーブを乾燥させたものをまぶして完成。
「熱いから、気をつけて食べろよ」
女子三名は、焼いている間から匂いに釣られてお皿を持って待っている。
「あぁ、いい香り」
「これ、美味しいです!」
「お汁がたまらないわ!」
「季節が季節だから、ひょっとしたら貝毒があるかも知れないけどな。治癒魔法があるから、あんまり気にしないだろ?」
返事もせずに、焼けるそばからパクパク食べている。それが返事のようなものだった。
「イクラも食ってみるか?」
裕介は、昨日塩漬けしたイクラを取り出して、みんなのお皿に盛ってやる。小さく切ったパンに乗せてカナッペのようにして食べる。
「あぁ、幸せです。このプチプチがたまりませんわ」
セフィアが、初めての食感に喜んでいる。
「魚の卵って、こんなに美味しいものだったのね」
「お兄さん! 僕は帰りたく無くなって来ました」
三人の水着姿の美女が、美味しい魚介に悶え喜んでいるのを見て、裕介は、あぁ、生きていて良かったとつくづく思った。
この世界で初めてのバカンスらしい、バカンスかも知れない。
「話しは変わるけど、確かにこのアミル君が作った素材は良いな」
「そうですね。ある程度の伸びはあるし、乾きも速く、濡れても余りベタベタしません」
「それに軽いです」
「強いよね」
最後のはステラだった。細い紐で二つのスイカをぶら下げているようなものだ。「確かに」と全員が思う。
「実は、この素材のシャツも預かっているんです」
ミリムが、自分の荷物の中から出して来た。それぞれに渡す。どうやって印刷したのか分からないが、魚の絵がプリントされていた。裕介が釣ったシルバーサーモンだ。
「こりゃ、Tシャツじゃないか!」
「いいですね。日焼け対策にもなります」
セフィアは、水着でいる事に抵抗は無いが、少し日焼けが気になっていたのだ。
「そうだな、考えて無かった。着ておくか」
「いい感じじゃないか!」
お揃いのシルバーサーモンのTシャツ。
「えっ!」
ステラのサーモンは大きく引き延ばされて、まるでヒラメになっている。
「ヒラメだ!」
「あなた!」
思わず裕介が呟くと、セフィアに怒られた。
「でも、これはもう十分売り物になるわね! どのくらい製造が出来るかと値段が肝ね。商品としては全く問題無いわ」
ステラは、ヒラメの模様を揺らせながら商人として動き始めたようだ。




