89 旅立ち
裕介とセフィア達は、世話になった人々に挨拶を済ませて割とあっさりと旅に出発した。
商業ギルドの預け金は、使った分を跳ね返して増え四千枚を超えたらしいので、資金は潤沢にあり問題はない。何処の国でも、この大陸であれば引き出せるそうである。郵便システムも、可能な場所から運用が始まって、大きな街なら、先ず問題ないそうだ。
裕介とミリムはバイクで、セフィアは裕介の横のサイドカーに乗っている。ステラは、結局、馬で出発した。
サブル川の河口は、三又の大きな三角州になっているそうで、沿岸はかなり長い砂浜が広がっているらしい。なので、港町はその砂浜の西まで行かないと無いそうだ。
村は、内陸に入ればポツポツとあるらしいが、沿岸部には無く、アザラシのような魔物の楽園になっているという。
ゲルトから、海までは三百キロくらいはあるようで、歩けば一週間余りかかるそうだが、バイクや馬なら頑張れば一日で行けなくは無い。
急ぐ必要もないので、ゲルトに来た時と同じように、のんびりと釣りながらの旅になる。街で無い限り、釣る場所を決めてから、裕介とセフィアはその付近に家を建てる。そして、旅人の宿泊施設として残して行くスタイルは同じだ。
「あなた達と一緒だと、便利ね。私の部屋まで作ってもらえるなんて」とステラが言う。
「そりゃぁ、どこまで付いて来るつもりかは知らないけど、道連れだからな」
「そのうち、まとめて返すわよ」
じゃあ、早速釣ってみるか。
三人は、川に立ってそれぞれに、キャストし始める。最初にヒットしたのはミリムだった。
「フィッシュ・オン!」
向こう岸まで、三キロはあろうかという、広い川幅。水色は、上流に比べればマッディで、そんな中ミリムの竿はしなって、魚をしっかり捉えている。
魚がジャンプした、ミリムは竿を水中に突っ込んで対応する。「なかなか…」と裕介は、関心した。
ジャンプした魚は、真っ赤な魚だった。鮭類の婚姻色だろうと裕介は推測するが、レッドサーモンなのかも知れない。鮭類では、一番美味しいとされる魚で、日本では紅鮭と言われる。
ルアーには反応しにくい不思議な魚で、アラスカでは、コルクなどで作った鮭の卵に似せたルアーをコロコロと川底を転がせて釣るらしい。
程なくミリムがキャッチしたのは、五十センチほどの、やはりレッドサーモンだろうと思われる魚だった。
「多分、レッドサーモンだろう。鮭の中で一番美味しくて、ルアーで釣るのが難しいやつだな」
裕介は笑いながら、ミリムの頭をガシガシ撫でた。
「えへ、僕の釣った中で一番大きな魚です」
「おめでとう〜!」セフィアが、祝福する。
ミリムは緊張していた顔を、弾けるように破顔させて笑った。
「でも、僕が作ったこのタックルで、十分釣れる事が分かりました」
ミリムは誇らしげに、まだ発育途上の胸を張った。
三人で十二匹の鮭を釣ったが、四匹だけキープして後はリリースした。
「じゃあ、筋子を取り出そう」
残した魚はメスばかりだったので、筋子を取り出す。塩水をぬるま湯にして、それで優しく揉み解して、何度か水を交換して解した後、塩水につけ密閉してアイテムボックスに入れた。
「明日には、食べれるから」
「えっ?! 魚の卵を食べるんですか?」
「おう! 美味いんだぞ」
美味いと聞くと、この世界の食の冒険者達は、食べてみたくて仕方ないという顔をする。そういう食いしん坊揃いなのに、食文化があまり発展していないのは何故だろう? と裕介は思う。
身はスモークにすると言ったら、ステラも入れて三人がせっせと、身に塩やハーブを擦り込んでくれた。肉料理が多いので、燻製は一般的な料理だ。でも、魚の燻製は、初めてだと言う。
「じゃあ、明日、海岸で遊びながらスモークしよう」
夕食は釣ったばかりの鮭を使ったグラタンとスープを食べた。翌朝、巨大なデルタ地帯のぬかるみを避け、川の西側の沿岸に沿って海岸を目指す。
このあたりになると、道は存在せず、バイクは何とかなるがサイドカーは流石に無理で、裕介はサイドカーをアイテムボックスにしまい、予備のバイクでセフィアと二人乗りで進む。こう言う場所は、ステラの馬の方が便利だった。
バイクは市販を始めたところで、部品が壊れる事も想定して、アイテムボックスに予備二台と、部品も結構入れてきてある。何処が耐久性が足らずに壊れたと言う連絡は、各所からアコセイサクショに手紙で送り、改良に反映される事になっている。言うなれば、ラリーの様なデータ取りもこの旅は兼ねていた。
ステラも自分の商会を通して、今後バイクを輸出するつもりだから、そのあたりも黙って観察している。
デルタ地帯の干潟は、生物の宝庫だった。日本の物と比較した大きさから言えば魔物になるのだろう。ハゼだかムツゴロウだか分からない、その種の魚で埋め尽くされた水辺。ネコほどもある蟹の大群。
小動物だから、裕介達が通ると危険を感じて逃げて行くのだが、蟹を捕まえて食べてみると絶品だった。
裕介は、汽水域について、セフィアとミリムに説明する。
「汽水域っていうんだけど、川の真水と海の塩水が混ざり合う場所なんだ。色んな魚が育つ場所でもある。基本的には、海の魚は、真水の川では住めない。逆に川の魚は海水では住めない。でも、いくつかの種の魚はこれを行き来出来る能力を身につけて、この場所に居たり、通ったり出来るんだな」
「生き物ってすごいですね。住めるように身体を変化させるんですか?」
「うん、気の遠くなるような長い時間をかけてね」
「元々、生物は全部海に住んでいたと言うのが、俺の元の世界での通説だ。そこから、陸に上がれるように、足や手、肺を獲得し、卵を産んでいたものが、直接子供を産むようになり、四本の足で歩いていたものが二本足で歩き始め、あるものは空を飛ぶ能力を身に付けた」
「そんな! 産まれた時から、今の形じゃ無かったんですか?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。その方面に生きようとした、その生物の先祖達の努力の結果が今の生物なんだよ。だから、俺は努力は決して無駄にはならないと信じてるけどな」
「いい話しですね」
「まっ、魔物と普通の生物の違いは俺には良く分かっていないが、この場所にいる生き物は、そう言う能力を身に付けた生き物って事だ」
ミリムやセフィアも勿論だが、この話しにはステラの方が聞き入っていた。裕介のこう言う話しを聞くのは、ステラは初めてだったのだ。
「努力は決して無駄にはならない… っか」
ステラは、向こう岸が見えないほどの広い河口を眺め、そう呟いた。




