87 グレッグ研究所
「アミル君、どうして?」
雇って欲しいと言われ、天才児の彼らなら大歓迎したいところだが、あまりにも唐突なお願いなので、ミリムは戸惑っていた。
「んと、僕達も自分で釣り道具や、みんなを驚かせるような魚を作ってみたいんだ」
「でも、仕事とそれとは別でしょ? 雇うってことは、仕事として僕の店で働くって事だよ? 遊びじゃ無いんだよ?」
ミリムは、子供の戯言かと思った。実際には、ミリムとアミルは五歳しか離れていない。しかし、アミルの歳にはもう働いていたミリムにとっては、遊びと仕事の区別は大切な事だと思えた。
「もちろんだよ。僕達だって遊びでこんな事をお願いしてるつもりはないよ。ミリムセイコウが、これから大きくなるって思うからこそ、お願いに来たんだよ」
「あっ!」
ミリムは、コレは一本取られたと思った。この子達は魔力も強い天才児だったんだ。精神年齢もミリムが思うよりずっと、高いのかも知れない。
「釣りには関係ないかも知れないけど、僕も、作ってみたい商品があるんだ。それをミリムねーちゃんの会社でなら、作らせてもらえそうだから」
「ふーん、アミル君は何が作ってみたいんだ?」
一本取られ黙っているミリムに代わり、裕介が話しに興味を持って質問する。
「サファイア樹脂で作る、布です」
「ほう! どうやって?」
「この前、サファイア樹脂の納品のついでで、アコセイサクショを見学させてもらえました。あそこでは、ガラスの綿を作ってますよね。アレと同じ技術で、樹脂の綿が作れると思うんです」
「うん、多分作れるな」
「それを、綿の様に紡いで糸にすれば、布にする事も出来ると思います。絹は僕達には高価で手が出ませんが、樹脂の布なら安く生産出来ないかと」
「凄いな、自分で思いついたのかい?」
「はい。糸に出来れば、衣服はもちろん魚を獲る網や、雨具や鞄なんかも出来ると思うんです。サファイア樹脂は水を通さず強いですから」
「そうだな、荷物を運ぶ馬車の幌や、簡易のテント、その綿を詰め込んだ防寒着なんかも出来るかも知れない。フィッシングウエアーにも最適だろうな」
「それに、サファイアスライム以外のスライムの粘液も研究してみたいです。また、違う特性のモノが出来れば面白いでしょ?」
「うーん、すごいと思うけど、それは僕の店の趣旨とは少し離れている気がするな」
ミリムが呟く。
ミリムは、一応駆け出しの経営者としてアミルの話しを算段していた。確かにアミルの話しは、いい話しだが、アミルの言う新素材の開発には、かなりの時間、人材、経費がかかりそうだ。
それを釣り具とメガネを作って売るミリムセイコウで賄うには、研究費としての割合が大きすぎると思う。
「作られた素材を使って、新商品を開発するのは大歓迎なんだけどね。それを一から作るのは、駆け出しの僕の店では負担が大きすぎるかな?」
「そんな…!」
アミル君が、ガッカリした顔をする。喜んでもらえると思っていたのだ。だからこそ、誰よりも先にミリムを選んだ。この十ヶ月、授業を受けた裕介とセフィアのカワガラギケンが百パーセント出資したミリムセイコウで、自分達の力を発揮したいと思っていたのだ。
二人のやりとりを黙って聞いていた裕介が、口を開く。
「それならば、カワハラギケン出資の研究所を作ってやってみるか?」
「えっ?」
「でも、ユースケ先生とセフィア先生はもうすぐいなくなるんでしょ?」
「うん、俺たちはいなくなるけど、研究所に出資して立ち上げ、その研究成果を取り引きして、商売に結び付けてくれる信頼できる相手や助言してくれる人と繋ぐ事は出来る」
「研究開発だけの会社ですか?」
「まっ、俺のカワハラギケンだって同じだ。新しいモノを開発して、その使用料だけで増えた財産だからな。サファイア樹脂とセフィアの魔動モーターが増えた事で、今までの三倍の勢いで資産も増えている」
「僕達は、まだ子供です。それでも任せてもらえるのですか?」
「あぁ、ミリムの店と同じ様に、要所は任せられる大人に頼むことになるが、代表者はアミル、キミだ。出資金は金貨千枚。それ以上の補填は無い。場所と設備は用意しよう。どうだ? 二年で千枚を倍にする自信はあるか?」
「あります! 倍どころか、もっと増やせてみせます。やらせて下さい!」
「セフィア、それでいいかな?」
「もちろんです。私も自分達が教えた成果を見てみたいですし、研究者としても羨ましい提案に賛同します」
「じゃ、アリサとミリム、アコファミリーにも顧問になってもらおう。商売の窓口はパルージャ商会だ」
「会社の名前は何にする?」
「グレッグ研究所ではどうでしょう?」
アミルの提案にアリサが、驚いた顔をする。
「僕達三人の共通点は、グレッグ孤児院です。今後、来年も再来年も僕達の弟や妹達が、グレッグ孤児院から旅立ちます。僕はその受け皿をこの会社に託したいんです!」
「そんなことを…!」
アリサは、口に手を当てて目を見開いている。
その目から、ポロポロと涙が溢れる。
「じゃ、決定だな!」
「よろしくお願いします!」
三人がビシッと裕介とセフィアに頭を下げた。
「ふふん。商売の事は、お姉さんが教えてあげるわ!」
ミリムが横目で、アミルの横腹を肘で突きながらそう言う。
「開店、一週間目で何、偉そうに言ってんだよ!」
アミルが口ごたえする。
一同は、この二人の若い経営者を暖かい目で微笑んだ。




