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異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第1章 ミステイク
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8 シェフ池宮

 オークの肉を持ち帰った。

「池宮さーん、持って帰ってきましたよ」

 柿沼さんが大きな声で言うと、厨房から帽子を被った池宮さんが現れた。

「厨房に運んでください」

 俺たちは、言われる通りに厨房に五十キロの肉を運びこんだ。厨房にはいつも料理を作ってくれているおばちゃん達と若い兵士が並んで待っている。肉を出すと、みんな、わぁ~と顔が一気に輝いた。


「うん、いい肉ですね。ご苦労様。じゃぁ始めますよ。キリさんのチームはトンカツ。ブリッドさんのチームはハッシュドポーク、ドルドさんは、私と一緒にオレンジ煮込みを説明した通り作ってください」


 おばちゃん達は、ワイのワイの言いながらも料理に取り掛かった。

「池宮さんって、料理出来たんですか?」

「うん、日本にいる頃は家では私が家族の食事を作っていたからね。まぁ趣味みたいなものだよ」


「それにしても、ハッシュドポークって・・・ハッシュドビーフの豚肉版ってのは分かりますけど、確かデミグラスソースでしたっけ難しいソースを使う料理でしたよね」

「うん、デミグラスソースとコンソメはもう出来てるよ」

「すげぇ!」

「この世界である似たような食材で作ったものだけどね」

「いや、すごいっすよ。シェフ池宮っすね」

「ハハハ、さぁもう行った行った。パーティを楽しみにしていてくれ」


 パーティが始まった。海野さんが代表してスピーチをする。

「私たち五人がこの世界に召喚されて二年が過ぎました。この訓練所で教わったことを戦場で生かし、一日も早く、この国の勝利を皆さんにお伝え出来るよう前線で働いてきます。今日は二年間お世話になった、我々ミステイクからの細やかなお礼です。楽しんでください。」

 会場からは、拍手がおこりお楽しみのディナータイムとなった。


「このオレンジ煮込み美味いなぁ~」

「ハッシュドポークもいけるぞ」

「俺はやっぱりトンカツだな」

「池宮シェフ、最高~!」

 オーク肉美味いじゃないか、朝はアレほど気が重かったのに食べた途端に癖になりそうなほど美味かった。ジビエ万歳!


 俺たちは代わり替わりに絶賛して池宮さんを褒めちぎる。この世界の人たちにもこの料理はかなり好評だったようで、みんな幸せそうに料理を頬張っている。普段はジーっと耐えて寡黙な池宮さんだが、今日は嬉しそうだ。側に、俺を散々殴った教官がトンカツを皿に山盛り持ってやってきた。


「ユースケ、このオークはお前が仕留めたそうだな」

「えぇ、一杯一杯でしたけどね」

「うん、よく頑張ったな。オークが一人で仕留められるようになれば、戦場でも簡単には殺されることもないだろう」

「えっ!」

 俺は鬼教官の優しい言葉に驚いた。こんな事を言ってくれる人だとは思ってもいなかったからだ。本当に海野さんの言うような人だったのかも知れない。


 行軍訓練で一日十時間歩かされたことが何度もあった。ヘタリ込むと殴られたが、あれが無ければ、東京〜大阪間くらいはありそうなサーズカルまで歩いて行くなんて、到底無理だっただろう。

 確かにこの訓練所の二年間で俺の運動能力や精神力は上がり、この世界で生きていける自信がついた。訓練所のおかげなのだろう。


「こんなことを頼める義理ではないが、教官としてではなく老人の頼みとして聞いてくれんか?」

「なんでしょう?」

「この国は、もうボロボロになってしまっている。戦争を終わらせてきてくれ。頼む」

 教官は頭を下げる代わりに、俺に敬礼した。


 とても複雑な気分だった。教官が言うように俺にはこの国の人に国を救ってくれと頼まれる義理はない。この国は、俺の生活を奪い拉致しそれどころか汚物扱いをして兵隊にした国だからだ。以前の俺ならば、この国なんてつぶれたほうが良いと鼻で笑ったかも知れない。


 しかし、ミルトもそうであったように、この教官も、他の人々にももうこの国が限界に来ていることが分かっているように思う。ならば、自分たちで蜂起すれば良いじゃないかと思うが、俺がミステイクの五人を裏切れなかったように、この国の人たちにも第一に守るべきものがそれぞれにあるのかも知れない。


 まだ見ぬ戦闘。勇者の文様が現れオークを仕留めたとは言え、自分に何が出来るのかは分からない。しかも自分の意思で戦場に行くわけではない。


 こんなところで終わりたくないと思う。

 生きて帰りたいと思う。

 本当にそれだけを願う。


 逃げることが許されないのなら、自分に出来る最大限のことをやるしかないだろう。


 今日の教官は、ただの老兵としてとても小さく見えた。

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