75 シルバーサーモン
六月を過ぎ増水期になった。セフィアと裕介はゲルト近くのサブル川に来ている。ラブスを釣ってから釣り好きになった、アミル君も一緒だ。
「おぉ~! 大分、増水したな。アミル君、俺の傍から離れてはいけないよ」
「はい」
「では、ルアー釣りのやり方を説明しながらやるから、一度見ててね」
「先ず、竿先までのガイドに、ラインの絡みなんかがないか、ルアーにラインが絡んでないかをチェックする。で、自分の後ろに人がいないことを、絶対に確認してね。怪我の元になるから。次に、リールのレバーを押し込んで、糸巻きを親指で抑えるんだ。少し竿先からルアーまでの間に糸を取って、これを垂らしっていうんだけどね、大きく取れば飛距離が伸びる。そして、振りかぶって後ろから竿の弾力を利用して前に振りぬく。振りぬいた瞬間に親指を放して、糸巻き、スプールって言うんだけどね、その回転に任せてルアーを飛ばす。ルアーが着水した瞬間に糸巻きをまた親指で抑えて、もうスプールが回転しないようにするんだ。じゃないと、バックラッシって言う糸がスプールに絡みついて動かなくなる現象が起こるからね。これをサミングって言うんだ」
アミル君は、教えられた一連の動作を、エアーフィッシングで復習している。
「じゃぁ、やってみるよ」
裕介は竿を振ってルアーをキャストし、リールを巻き始めるとカチッという音を立ててレバーが戻る。リールを作るときに裕介が苦労した機構だ。
「竿先を振るようにしながら、リールを巻く。これによってルアーが弱った魚のような動きをするんだ。トゥイッチって言うルアーの操作方法の一つだよ」
そう説明しながら動かしている竿に、ガツン! と手ごたえが来た。
「食った!!」
ラインの先端で銀色に輝く魚が跳ねる!
「でかい!」
ドラグが引っ張り出される。川の流れも相まって見た目よりも大物に感じる。竿の強度を信じて耐える。少し巻いたが、またドラグが出る! 竿がミシミシっと軋む。
魚は、今度は流れに逆らい上流に向かって突っ走る。ラインが水飛沫を上げて水面を切るように上流に向かって走り、水中の魚の躍動が伝わるように竿が曲がり、水中へと竿先が引き込まれそうになる。
次のターンで、明らかに魚の走りは弱まった。リールが巻き取れ始めた。裕介は、少しずつ、しかし確実にリールを巻き取りながら、魚の動きに合わせて時には腕を伸ばして竿を立て、空いた手で身体のバランスを取るように、竿の反対側に広げて空を掴む。
やっと魚が足元まで寄って来た。全体が銀色に光る魚体。ルアーがしっかりと掛かった口の鼻先が猛者の様に下顎に向けて曲がりこんでいる。
太い尾びれの付け根、良く見ると下顎もシャクれている。大きさは七十五センチくらいだろうか?
「なんだなんだ?」
裕介は背中の網を構えて、魚を取り込みながら興奮した様子で魚を凝視していた。
「サクラマス? いや、上流でヤマメは見なかったから、スチールヘッド?」
「でも、スチールヘッドなら、少しくらい赤みがありそうにも思う。ひょっとして、シルバーサーモンって奴か?」
セフィアとアミル君は、派手な大物との格闘を見て腰が引けながらも、一人でブツブツ言っている裕介に恐る恐る声をかけた。
「すっ、すごい大物だね、兄ちゃん!」
「ほんとうに」
「あっ、すまん。何て種類の魚か分からなかったんだ。多分、シルバーサーモンだと思う」
「シルバーサーモン?」
「そうだな、ギンザケとかコーホーサーモンともいうが、鮭って魚の一種だな」
「この川には、ニジマスや、セフィアが釣ったアメマスがいるが、こういう魚を総称してトラウトって言うんだ。淡水で生活する鮭の仲間だな。こいつらも、中には海に降るのがいて、ニジマスが降るとスチールヘッド、ヤマメが降るとサツキマス、アメマスは海アメって日本では呼ばれるんだ。トラウトと違って鮭は基本的に全部が海に降って、また産卵のために川を上ってくる。こいつもたぶんそうだと思う」
「へぇ~、魚にもいっぱい種類があるんだね」
「そうだ。魚類は特に多いぞ。この川だけでも、もう四種類目だからな。でも俺も初めて釣った魚だから見分けは怪しい。世界中回れば魚類図鑑に出くわすかも知れないな」
「アミル君も釣ってみるか?」
「いや、やめとくよ。僕じゃ川に引きずりこまれそうだ」
「見て、ビビったな」
「うん、でも大きくなったら僕も釣ってみたいと思う」
「そうか、じゃぁ、今はラブスだけにしとくか」
「うん」
「セフィアはどうする?」
「私も今日はやめときます。」
「こんなのでビビってたら、これから、多分、もっともっと大きな魚が釣れるぞ」
「そうなのですか?」
「そりゃ、あっちの世界では、確か釣ったという一番大きな魚は千二百キロのサメだったと思う。これで五キロちょっとだと思うから途方もない大きさだけどね」
「どっ、どうやって、そんな大きな魚を釣るんですか?!」
「さぁ、俺も知らん」
「知らないんですか?!」
「ははは、まぁ、大きければいいってもんでもないからな。そんな魚もいるだろうって話しだよ」
「ちょっと不安になってきました」
「確かに釣った俺も、この竿の限界じゃないかと思ったよ。もう二、三匹釣ったら折れるかもな。じゃ、この魚を絞めて持って帰ろう。たぶん焼いても、シチューにしても美味しいだろう」
裕介は、そろそろ竿の材料も見つけないといけないなと思っていた。




