63 サファイアライン
セフィアの機嫌が直ったところで、肝心のラインの作り方だ。裕介は亜湖ノートを調べ始める、セフィアは側で見ていると言うよりは、ほとんど監視の目を光らせている。
裕介は、どれだけ嫉妬心が強いんだと、新妻のこんな一面に半ば呆れながらも、それさえも可愛いとも思いながら、それらしきページを見つけた。
「そうか、やっぱり熱で溶解して、ノズルから出すのか!」
「あなたは、この文字が理解できるのですか?」
「そりゃ、俺の元の世界の文字だもの」
「教えてください!」
どうやら監視されてるのではなく、書いてある内容が気になっていたらしい。
「こう書いてあるんだ」
フロロカーボンライン製法
フッ化ビニリデンペレットを熱で溶解し、ノズルから出たラインを冷却、調温しながら適度なテンションで強度を安定させる。
数値は不明
「フロロカーボンラインは、釣り糸の種類で、フッ化ビニリデンは、プラスチックの種類、ペレットは粒状にしたものだ。テンションは引っ張り力だな」
「そんなことが書いてあったのですか?!」
「そうだよ。これは亜湖さんが残した前の世界の技術ノートだ。なんだと思ってたんだ?」
「最後に、女性の裸の絵だったので、あなたが私では不満があるのだと…」
「そんなわけないじゃないか! どういう話の流れでそうなるんだよ?」
「あんな絵は初めて見たので、びっくりしてしまって」
「免疫が無かったわけか。道理で泣き出すわけだな。俺が悪かった。俺たちの世界ではありふれていたけど、この世界では、ああいうのは無いのか?」
「私が初めて見ただけで、あるのかも知れませんが、良く知りません!」
「とにかく済まなかった、俺が不注意だった。機嫌を直してくれ」
「はい!」
誤解が溶けてホッとしたのか。セフィアは笑顔に戻った。
セフィアにしてみれば、崇拝に近いほど好きでたまらない裕介から、いきなり別の女性の裸の絵を見せられ、どう理解してよいのか分からず、いきなり離縁を突き付けられたように感じたのだった。恋愛に対してセフィアはそれほど幼稚だった。
「ほら、これがモーターを使用したポンプの図面だ。ポンプと言うのは、水を高い場所まで揚げる機械だな」
「これは、数字ですか?」
「そうだ、寸法や、この機械の能力が書いてある」
「この文字や数字を教えてください!」
「いいけど、日本語は文字が多いから難しいぞ」
「がんばります!」
「じゃ、それは後でゆっくりとな。先ずは、スライム樹脂の研究だな。俺はこれで釣り糸を作ってみようと思う」
「釣り糸ですか?」
二人は初めての夫婦喧嘩らしきすれ違いを落着して、研究に入る。先ずは裕介の土魔法で樹脂がなんとかなるのかから始める。やはり、なんともならない。多分、有機化合物には魔法は効かないのだ。
ペレットを作るのを工夫をして、裕介は注射器を思いついた。土魔法で注射器を作ると、スライムの中に手を突っ込んで、底に溜まった樹脂を注射器内に入れる。花崗岩で作った定盤の上で、注射器でマヨネーズを出すように細く流し出した。樹脂は空気に触れるそばから硬化する。それを切れば、ペレットになる。
セフィアは目を輝かせて、夫の作業を見つめていた。
次に裕介は、大きな底の平らな石の鍋を作った。その内側にぴったり合う、厚めの石の蓋を作り、鍋底の横側に鉄製の細い穴の開いたノズルを取り付け、ノズルの先端から真っ直ぐに二メートルほどの水槽を作り水を張った。
セフィアに石鍋の底に加熱の魔法陣を書いてもらって、鍋にペレットを入れ、石の蓋をした。水槽の端で固定した、糸巻きのハンドルを持って構え、魔力で鍋を加熱する。
蓋の石の重みで、取り付けたノズルの先端から溶けた樹脂が出始め、水で冷却されて糸状に固まる。
これを裕介は切れないように適当にテンションを掛けながら、糸巻きの軸につけたハンドルを回して糸巻きに巻き取っていった。
最初なので、若干の凸凹はあるが、少し青みがかった透明の釣り糸らしきものが、糸巻きに巻き取られていった。
「最初なので、こんなものかな?」
「釣り糸になりましたね!」
「もう少し自動化したら、安定した太さで揃うと思うけど、はじめてにしては上出来じゃないか?」
三号程度の太さの釣り糸らしきものが、五十メートルほど出来た。
「あとは、強度と伸びだな。三号だとナイロンなら十二ポンドだから六キロくらいで切れなければ上出来、伸びはナイロンの三十パーセントよりも小さければいいのだけどな」
引っ張った感じでは、十分いけそうだ。天井梁から出来たばかりの釣り糸を垂らし、一番下に籠を縛る。籠の場所に物差しを立てた。
「ポンドとキロは、重さの単位だ。大きい数字に耐えるほど、その糸が強いことになる。三十パーセントの伸びというのは、元の長さに対して切れる時にどれだけ伸びていたかの割合だ。この場合、糸の長さが二メートルだから六十センチまでなら、前の世界のナイロンという一般的な釣り糸よりも、魚がかかった時に手元に伝わりやすいってことだ」
質問だらけの顔をしていたセフィアに、裕介は噛み砕いて説明して、アイテムボックスから鉄の円盤を取り出した。
「これは、一つが一キログラムあるんだ。テスト用に前に作ってたんだ。これを六個乗せて切れなければ合格だ、ついでに切れるときの伸びも計測するよ。」
一つづつ裕介がそーっと乗せていく。セフィアはドキドキしながら見ている。
「十…、十一、十二!」
天井から吊るした糸は、三十センチは伸びた。
バン!っと糸が音を立てて切れ、籠が床に落ちた。
「すごいぞ! こんな歪なラインでナイロンの約二倍の強度がある。凄いなスライム!」
「合格ですね!」
「十分、思った以上だ!伸びも十五パーセントくらいだな。サファイアラインの完成だ!」
「サファイヤラインですか!」
セフィアはまた尊敬のまなざしで夫を見つめた。スライムが作る宝石もどきを、熱で溶かして糸にするなんてことを、この世界の誰が考えるというのか。そして、その作ったものの能力を即座に実験して確かめるなど。これからもこの夫はどんなものを作り出してくれるのか、セフィアはそれが楽しみでならなかった。




