62 サファイアスライム
翌日から、裕介とセフィアは魔動モーターのテストを始めた。
先ずは、モーターが普通の人の魔力で動作するかの実験だ。
村の人たちに協力してもらって、魔力を流してもらう。概ねの人がモーターを回すことが出来たが、子供と老人には魔力の強さが足りないのか難しいようだった。日本の運転免許制度を考えると、それは、その方がよいかも知れないと裕介はセフィアに説明する。
モーターの回転速度は、どんな大きな円盤に焼き付けても一定で、大体一分間に百二十回転ということが分かり、トルクは魔力の強さに比例するようで、同じ重さでも中心からの距離が遠いほど、強い魔力が必要になる。一般の人は大体半径一メートルの距離に付けたロープで裕介を一瞬浮かせるのが、限界だとわかった。
普通の人の魔力は最大十馬力くらい、日本のバイクでいうと、125ccのスクーター相当になると裕介はセフィアに説明した。これは凄い、力仕事の四十倍だと裕介は言うが、セフィアには、それが凄いことなのかどうかは分からなかった。瞬発力はそうかも知れないが継続力は魔力量によって決まるからだ。皿を回すだけなら、たぶん一日は回せるだろう。そう思いながらも、瞬発力について、こういう風に実験し理論的に計算を交えて説明できる裕介が凄いと思った。
王都学園を飛び級首席で卒業した秀才と言われたセフィアだが、この世界の物理や化学は地球で言えば、まだガリレオよりも前の時代のものであり、こうして一緒に研究してみて、セフィアは夫をあらゆる意味で尊敬できる人だと思うのであり、もはや崇拝に近い感情をいだいていた。
「セフィア、魔動モーターは十分、売り物になる商品だと思う」
「そうなのですね。役立たずの曲芸だと笑われていたのですが、ただ魔力の継続時間が気になります。魔法陣なので、消費は各段に少ないのですが」
「そうか、そうだな。パワーが出ても、継続出来ないとだめだものな」
裕介も、セフィアの研究者としての助言はさすがだなと思った。
「それで、この魔動モーターを商業ギルドに登録して、アコセイサクショで研究してもらったらと思うのだが、どうだろう?」
「あなたの思うようにしてください」
「じゃ、もうすぐ冬だから、春が来たら一緒にゲルトへ行こう。それと、この間捕まえたスライムだ」
「はい、もうだいぶ粘液が取れると思いますよ」
「ノリになるって言ってたな」
「そうです。空気に触れると固くなるのですが、水の中では柔らかいので、ノリに使えるんです」
「じゃ、試しに使ってみよう」
サファイアスライムを入れた容器をアイテムボックスから取り出し、封印を解いて蓋を開けた。青いスライムが中でひしめきあっている。
「これって、増えていないか?」
「水の中で分裂を繰り返したのかも知れません。底にノリが溜まっていると思うのですが」
セフィアは、スプーンを持った手をスライムの中に突っ込んで底から、そのノリを掬い上げた。青い粘度のある溶液だ。
「手を入れても大丈夫なのか?」
「全然大丈夫ですよ。無害ですから」
スプーンの粘液を石に塗って、上から石を乗せてくっ付ける。ものの三十秒ほどで、石がくっついた。
「こりゃ、ノリというより、瞬間接着剤だな」
「そういう物も、以前の世界には存在したのですね?」
「うん」
そして、スプーンに残った粘液を見ると、もう固まっていた。結構固いが、少しだけ弾力がある。
「固まっても、熱を加えれば溶けますし、燃やせば燃えます」
「まるで、プラスチックじゃないか!」
「プラスチックって?」
「石油っていう燃える水から作る、こういう素材のことだ。沢山、種類があるから一括では言えないが、大体こんな感じだよ」
裕介は、これはひょっとしたら釣り糸が作れるかも知れないと思っていた。但し、彼はモノフィラメントの釣り糸をどうやって作っているのかまでは知らない。
「亜湖さんがいてくれたらなぁ~」
こういうことに詳しかった亜湖の死が、今更ながらに残念でならない。
「そうだ、亜湖ノートに書いてないかな?」
裕介は、アイテムボックスから、亜湖ノートを取り出した。
「これは?」
「死んだ亜湖さんが、覚え書きを書いたノートでね、亜湖ノートって言うんだ」
「見てもいいですか?」
「あぁ!」
セフィアは、ノートを手に取ってパラパラっとめくる。ハッと顔色が変わり、真っ赤になって裕介にノートを返す。それを見て、裕介はしまった! と思った。袋とじページだ!
「いっ、いや! この最後のは、亜湖さんの趣味だ。お、俺にとってはこれも含めて亜湖さんの思い出なんだ」
セフィアは泣いている。なにも泣くほどのことでもと、裕介は思うが、新妻に泣かれてしまってはどうしようもない。
「私では不足かも知れませんが、見たいのなら私に言ってください!」
「いっ、いや! そういうわけでは無くって、これも亜湖さんの思い出なんだって! 俺は、セフィアで十分すぎるくらい満足してるよ! 眩しいくらいだ!」
「ほんとうに?」
「あぁ! じゃ、このページは、もう見ないよう袋とじにしておこう」
スライムのノリでページの端を糊付けし、袋とじページは本当の袋とじになった。
なんとかセフィアの機嫌は直ったが、これは絶対に浮気は出来ないと、裕介は思うのだった。
しかも相手は瞬間記憶能力の持ち主だ。今ので、袋閉じページも含めて、亜湖ノートを全て記憶したに違いない。




