58 山上湖
シャツとベストにズボンと帽子。
動きやすい恰好になったセフィアは、裕介の後をついて山を登っていた。
「川の上流に湖があるって聞いたんだ、一緒に探しに行くか?」
夫にそういわれ、「ハイキングですね!」と浮かれたセフィアだった。
サンドイッチを作り、夫のアイテムボックスに仕舞ってもらう。
いつもの森の小道を抜けると、そこからは、魔物がいつ出てきても何もおかしくない、鬱蒼とした大木の森となる。
「あなた、魔法陣を書くので、それと私に魔力を通してくれませんか?」
「おう、いいぞ。何の魔法陣だ?」
「魔物が近づいたら、分かる魔法陣です」
「そんな便利なものがあるのか! すごいな、セフィア」
拾った平たい小石を置いて、裕介はセフィアの腰を抱いて魔力を流した。
「あん…!」
なんだか、魔力の受け取りが、どんどん気持ち良くなってきているセフィアから、思わず甘えた声が出る。セフィアは、その魔力で小石に魔法陣を焼き付けた。
「これに魔力を通して手に持っていてください。魔物がいれば石が赤く点滅します。点滅が早くなれば直ぐ近くにいるということです」
「魔物レーダーだな」
「レーダーって、一度聞きましたね」
「うん、前の世界にあった、遠くで標的を見つける機械のことだよ。同じような機械で、船の上から魚の群れを見つける機械もあったんだ」
「すごい道具があるんですね」
「そりゃ、宇宙から見て天気を予想することも出来る世界だったからな」
セフィアは、裕介のこの前の世界の話しが大好きだった。それはまるで、夢がいっぱいのおとぎ話のようであったからだ。
魔物レーダーがゆっくりと点滅をはじめた、近くはないが、やはり魔物がいるようだ。
「セフィア、側から離れるなよ」
「はい」
しばらく行くと崖に出くわした。
「仕方がない、魔法で階段を作るよ」
「待ってください、私たち二人が乗っても大丈夫な平らな岩を作れますか?」
「おやすい御用だ」
「崖、ギリギリに作ってください」
裕介は一畳ほどの平らな岩を作り出した。
「また、私に魔力を下さい」
セフィアは、別の魔法陣を作った岩に転写した。
「じゃ、これに座ってゆっくりと魔力を通してください」
セフィアの言う通りにすると、二人を乗せた岩はゆっくりと上昇し始めた。
「すごい、エレベーターじゃないか!」
「まさか、そういう機械もあったのですか?」
「あったぞ、高い建物の上下を行き来するんだ、百階とか」
「ひゃっ! 百階ですか?」
「うん、でも、これで、前に進めたたら空が飛べるじゃないか!」
「残念ながら、魔法陣では決められた動きしか出来ないんです」
「そのうち、俺がこれを使った空飛ぶ乗り物を考えてやるよ」
「はい! 出来たら乗せてくださいね」
「もちろんだ」
崖の上まで来ると岩は水平移動をして止まった、そこからは、なだらかに下った岩と草原の斜面になっていて、そのまま山上湖になっていた。崖は山上湖の土手だった。
「すごい! 綺麗~!」
二人は、エレベーターから飛び降りると、その土手からの景色に目を奪われた。
緑の草原に、ポツリポツリと転がる、大きな白い岩。たぶん石英だろう。ところどころに、針葉樹の灌木があり、その先に青い透明な水を湛えた山上湖が広がる。遠目で見るので、湖は雪を湛えた中央山脈の山と空をリフレクションさせて、その湖の先はまだ細い沢で険しい山へと繋がっていた。
「魚はいますかね?」
「いや、たぶん、いないだろう。水が綺麗すぎると魚は住めないんだ」
「そうなのですか?」
「森も無くて、山の養分が溶ける要素がないから、餌もいないからね」
「でも、何か動いていますよ」
「ほんとだ。なんだろう?」
湖の岸辺がなにやら、ウニャウニャしている。
「行ってみよう」
近づくにつれ、魔物レーダーが激しく点滅し始めた。魔物であることは明らかだが、かと言って害があるようにも思えない。近づいてみると、それは青色のスライムだった。
スライムの有効利用は、トイレに使うプープスライムで良く知られている。
「セフィア、このスライムは何か知ってるか?」
「これは、サファイアスライムですね。とても珍しい?ですよ。粘液がモノをくっ付けるノリとして使える他、それが固まると青い宝石みたいになるんです」
「そうか、それでこの湖が青いのか」
「きっと、そうですね。捕まえて帰りましょう」
「アイテムボックスは生き物でも入るのか?」
「ボックス内には空気がないので普通は無理ですが、スライムならば、あなたの魔法で密閉容器を作って水で満たしておけば、半年くらいは大丈夫だと思います」
「なるほど、じゃぁ、そうしよう」
裕介は側の岩を使って、一抱えほどののツボを作った。それに網でスライムを十匹ほど掬って入れ、水魔法で満水にし、蓋をして密閉した。アイテムボックスに入れる。
「じゃぁ、お昼にしましょうか」
お茶を沸かし、セフィアと裕介は並んで座ってサンドイッチを頬張った。
青い空、青い湖、白い山の頂、緑の草原を吹く風。
「幸せですね」
セフィアは裕介にもたれ、肩に頭をつけてそう言った。




