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54 押掛女房

 俺は、竿と馬の毛で撚ったテンカラの仕掛けを持って森に入った。どこから魔物が出るかも分からないが、アイテムボックスの中には、剣も入っているから、なんとかなるだろう。

 積もって土になりかけた落ち葉を踏みしめて、森の中の何度か通った小道を通り抜けると、サブル川の支流に出くわす。川というよりも沢と言った方がよい程度の小さな川なのだが、良いポイントがあって、背中の青いマスが釣れる。


 多分、俺の想像では、この川上は険しいい中央山脈で氷山やら、万年雪が豊富にある。ひょっとすると、中腹に湖もあるかも知れない。そこから流れてくるこの沢は、わりと水量が豊富で、兎に角、澄んでいて青いのだ。この川の水の色に保護色として適応した結果だと思う。日本にも群馬県の野反湖などに背中の青いニジマスがいると聞く、あれと同じような理由なのかな?

 まっ、上から見ると鯖にそっくりだ。


 魚から見えないように、岩影に身を隠しテンカラのフライを水面にキャストする。フライは軽いので、ラインの重さで遠くに飛ばす。アルバルスはラインに馬の毛で作った馬素(バス)を使う。まぁ、このラインが一番手に入りやすかったからだと思うが、ナイロンやフロロカーボンに慣れた俺には、兎に角、弱いラインだという印象だ。亜湖さんのシルクラインや、テグスの方が丈夫なのだ。


 でも、ラインに重みがあり、水に濡らすと直進性もあるので、フライを飛ばすのには使いやすい。馬の毛は短いので、途中に結び目を何個も入れ最初は十五本撚りから始め、先端に行くほど撚糸が少なくなるテーパーラインという塩梅だが、この結び目もラインの重さには重要な要素だ。

 郷に入っては郷に従えで、せっかくアルバルスが教えてくれたこのテンカラをマスターしたいと、この釣りに今は拘っている。とは言っても、先端だけはガイゴよりも小さな幼虫から取った細いテグスなのだが。

 ほどなく、良いブルーバックが釣れ、アイテムボックスに仕舞うと満足した俺は家路についた。海野さんに貰ったアイテムボックスは本当に便利だ。魚を入れても、痛むことがない。ちょっとした倉庫程度の量は仕舞えそうだ。


 家に着くと、家の前に馬が繋がれていて、近所の人達が集まってワイワイ言っていた。

 なんだろう?


「ほら、旦那さんが帰ってきたよ!」

「ユウちゃん、あんたも隅におけないね。こんな可愛い奥さんがいただなんて!」

「へっ?! 奥さん? 何のことだ?」

「あら、あなた! こんな所にいただなんて!」

「セフィア嬢?!」


「聞いたよ! ユウちゃん、あんたの奥さん、エスパール伯の娘さんなんだってね。あんた貴族だったのかい?!」

「貴族ぅ~?! いや… あの… なんで?!」

「やっと、父の許しが出ました」

「セフィア嬢が、なんで俺の嫁さんなんだよ!」

「えっ?! 私に結婚を申し込んでおいて、何をいいだすの?!」

「俺がぁ?! いつ?!」

「二年前の、ミレザ革命の時よ」


「えぇ?! 何言ってんの?」

「あなたは私の腰を抱いて、自分の魔力を私に通したじゃない!」

「いや、あれは… あの非常時に、いきなりお前がそうしろって言ったんだろ?!」

「知らずに、あんなことをやったって言うの?」

「魔力を通すのに、なんか意味あんのか?!」


「ユウちゃん、ちょっと待ちなさい!」

 近所のおばさんが割って入る。

「聞いてると、あんた、この娘さんに魔力を通したのかい?」

「はい」

 ヒュー! ヒュー! 周りの奥さん方が恥ずかしそうに顔を赤らめ、男たちは口笛を鳴らす。

「あんた、魔力が枯渇すると、どうなるか知ってるだろ?」

「ええ、男は、男として役に立たなくなり、女は妊娠しなくなるって聞きました」

「知ってたんなら、言い逃れは出来ないよ!」

「なんで?」


「男が女に魔力を分け与えるのは、この魔力で俺の子を産んでくれっていう意味なんだから!」


「えっ! えぇぇぇぇぇぇ~!」


 俺は固まった。

 ワタシ日本人ネ、ベイグルノシキタリ、ワカリマセン。

 あの気の強いセフィア嬢が半べそをかいている。

「いやいやいや! ちょっと待て、アレはこの女がそうしろって! ああしなかったら、俺たち死んでたろ?!」


「私がどれほどの覚悟で言ったか…」

「いやいやいや!」

「ユウちゃん、あんた男だろ? やったことの責任を取りなさい」

「そうよ、この間のパルージャ商会の娘さんと言い、アンタ、そんなに女癖の悪い男なのかい!」

「そうだ! そうだ!」


 四面楚歌というのは、このことだ。

「濡れ衣だぁ~!」


 こうして俺は、俺の好みに、直球でど真ん中。この女性にならば、俺は殴られてもうれしい気がすると、第一印象でそう思った、一つ年上の女房、セフィアと結婚することになってしまった。

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