53 アルバルス
今日から第2章です。
亜湖さんが亡くなって二年が過ぎた。俺はゲルトの西に流れるサブル川の最上流にあるピルブ村というところに居を構えていた。ゲルトからだと徒歩で半月ほどの、中央山脈の麓の村だ。ここにアルバルスという老人が住んでいて、魚釣りのかつての名人だと聞いた。その老人にこの世界での釣りについて教しえを乞えたらとやって来て、この村が気に入り、家を建てて住みついてしまった。
アルバルスは、もう七十歳を超えた老人だが、若いころに冒険者をやっていたらしく、目も耳も背筋もシャンとした人だった。但し、物静かで寡黙だ。兎に角、めったにしゃべらない。
人嫌いなのではなく、例えば、俺が竿作りについて話すと、必要もないのに黙って俺を山に連れて行き、切るべき木を杖で指す。木を切って家に戻ると黙って、俺に見せるように竿を作り始めるのだ。
ここを、こうした方がいいとか、こうしろとか言うアドバイスは一切ない。やってることを見て覚えろ、自分で経験し工夫してみろと言わんばかりに、黙々と竿を削り、糸を撒く。
俺がフライについて聞くと、奥から自分が作ったフライの箱を出してきて、一通り机の上に並べる。その中の一つを手にとり、今から実際に巻くから、見ていろ、と言わんばかりに、巻き始める。後は自分で工夫しろとほったらかしだ。兎に角しゃべらない。
それでも、アルバルスはお酒が入った時にだけ、少しだけしゃべる。
滅多にしゃべらない人だから俺にとっては何を聞いても金言で、俺は毎夜に近いくらいお酒を持ってアルバルスを訪ねるのだ。扉を叩くと、たぶん笑っているのだろうと思うしわくちゃの顔で出迎えてくれる。嫌われているわけではない、そういう人なのだ。
「この川のブルーバックは実にいい」
しゃべってもこの程度だ。だから酒を飲み始めると、俺の方が沢山しゃべることになる。
異世界のこと、亜湖さんのこと、戦争のこと、異世界の釣りのことや釣り道具のこと。
黙って、俺の話しを聞いてアルバルスは幸せそうにしている。
たまに、「そうか、ルアーと言うもので釣るのか」などと、話しに相槌が入ることもあるので、ちゃんと聞いているのだろう。
こうして俺は、ゆっくりとあの気力が湧かない状態から回復しつつある。
ピルブ村は、五十人ほどの小さな村で宿もなにもない。小麦とジャガイモは畑で採れるが、自分達で食べる分と種芋、納税分を残して、後はお酒や調味料、生地などと旅の商人を介して交換するそうだ。旅の商人はどこかと思ったら、なんとペルージャ商会だと言う、ステラのところじゃないか。
現金はほとんど要らないのだけれど、必要な時は放牧している馬や羊を売ったりして工面するらしい。馬や羊は、村の人に言わせると、乳や羊毛の取れる貯金なんだと。子供も老人もみんな働き者だけど、冬はメチャメチャ暇なんだそうだ。家にこもりっきりで、酒を飲んでバカ話しをするしか無いらしい。
こんな、呑気で長閑過ぎる村だ。
俺は冬に出来るシルクの刺繍を村の女性たちに教えてみた。と言っても俺が知ってるのは、学校の家庭科でやった程度だけど。何色かの絹糸を買って、村の人に教えたら、みんなハマったらしい。旦那も入れて酒も飲まずに、一家でやってたそうだ。
春には、俺も驚くような大作がいくつも出来上がった! パルージャ商会に見せたら、金貨を何枚も置いて引き取って行ったと言う。
また怒られそうな、嫌ぁ〜な予感がする。
案の定、ステラがやってきた。
「ユウスケ、あなた、こんなところにいたの?! 随分探したのよ! 売れる商品が増えたって聞いて見に来てみたら、また、あなたの仕業だったのね!」
「そんな悪戯小僧を見つけた姉の様に言わなくても、一応、俺の方が年上なんだし!」
「ちゃんと登録して、商売の筋を通しなさいよね!」
「どうも、すみません」
「分かれば良いのよ、カワハラギケンで登録しといてあげるわ」
やっぱり怒られた。商売のつもりは無かったんだけどな。みんなには隠匿生活をするとだけ言って、場所を言わずに消えたので、何処へ行ったのだと随分探してくれてたそうだ。
「特にエスパール外務長官の娘さんが、ご執心よ! 一度、ゲルトにも顔を出しなさい!」
ステラは、バチっとウインクして、そう言った。
あの黒髪の淫魔女が? 貞操の危機を感じるんですけど。
すごいおっぱいの美人に俺が叱られている、っと聞きつけたウチの前に村人達が集まっている。
「こらこら、お前ら、見世物じゃねぇんだ!」
「あーら、ユウちゃん。あんな美人、手放しちゃダメだよ!」
「若いって、良いねぇ!」
近所のおばさん達が、勝手なことを言っている。
「そんなんじゃ、ねぇよ! コイツは、パルージャ商会の偉いさんなんだから!」
「アーラ、皆さん。うちのユウスケがお世話になってます。これからもよろしくお願いしますね」
とステラ。
「誰が、うちのユウスケだ!」




