45 フライフィッシング
「本当ですよ。釣れたんですって!」
「あんだけ、川を触りまくってか?」
「ええ、俺もさすがに無理かと諦めかけたんですが、オレンジ色のトラウトが釣れましたよ」
「サイズは?」
「二十五センチくらいですかね」
「ふーん、じゃ、俺も釣ってみようかな」
亜湖さんも、川を触りまくったので、ちょっと無理だと思っていたらしい。なんだかんだ言っても、あれから一年過ぎているもんな。
その日から、亜湖ファミリーが何やら新しい機械の製作にかかったようだ。数日後、機械が出来たらしい。
「亜湖さん、この機械はなんですか?」
「組紐編み機だな。ミサンガに使う編み込みの紐があるだろ?あれの長いのを作る機械だ」
「何に使うんです?」
「ロープとかも編めるが、今回はフライ用の釣り糸作りだな。まっ、見てろ」
沢山の糸巻きと歯車が組み合わされている。一目見て複雑な動きをするだろうという事は想像できる。数えると全部で十六個の糸巻きに絹糸をセットして、亜湖さんがハンドルを回すと十六個の糸巻きが回転しながら動き始めた。目で追ってもどういう動きをしているのか良く分からない。
聞くと組み合わさった八つの円盤の外周を糸巻きが周りながら半周づつ渡って行き、内回りと外回りを繰り返しがら一回転する。それを、十六個の糸巻きで同時に行うと、リリアン編みのような組紐が凄い速さで編めていくんだとか。
聞いてもやっぱりよく分からないが、確かに中央でテンションをかけているローラー部分には、編みこまれた組紐がどんどん出来ている。
遊園地のコーヒーカップの乗り物のような動きに近いが、あれより複雑だ。
「どうやったら、こんな動きが出来るんですか?」
「まっ、俺が考えたわけじゃない、実際に日本にもある機械だ。面白れぇだろ?」
「この組紐で釣るんですか?」
「そう、シルクラインと言ってな、昔のフライフィッシングのラインだ。メンテが大変なんだけどな。強いぞ! そうだ、裕介、フライのリールを作ってくれよ。単純だから出来るだろ?」
「ええ、フライリールなら、糸巻きにハンドル付けるだけでいいんですよね? できますよ」
「こんな構造だ」
久しぶりに亜湖ノートを見せてもらった。
「ドライベアリングでいいんですね?」
「うん、銅で頼む」
「で、亜湖さん、フライのキャスト出来るんですか?」
「お前、自転車に乗れないからって、バカにしてるだろ?」
「ははは、俺は竿はこれを使いました」
「いいじゃねぇか! ベーグルナッツに近い木だな」
亜湖さんの釣り道具が出来上がって、釣りってみるというので、俺たちは橋の上から見ることにした。
「じゃぁ、釣って来る」
いつの間にか胴長靴を作って、それに身を包み、ベストを着こんで、革製のテンガロンハットを被っている。かっこいい~! 帽子には、自分でタイイングしたのだろう、数種類のフライが並べて刺してある。
「何で、帽子に刺してるんですか?」
「映画で見たんだよ!」
川の中に入って行くと、フライロッドを振り始めた。
シュー! シュー!
水音に交じってロッドが規則正しく振られる音。キラキラと輝く水面、ふ化したばかりのカゲロウが舞っている。その中で、段々と長く伸びてきたラインが美しい弧を描いて、前に後ろに鞭のように飛び交う。亜湖さんのハズなのに、別の知らない外国の釣り人のように見える。
フライフィッシングは、釣りの中でも芸術的だと俺は思う。見ているだけでもうっとりしてしまう。
上流の水面が、突然、炸裂した!
「フィッシュ、オン!」
猛然と突っ走る魚。水面に浮いていたラインが、ロッドから真っ直ぐに伸びる。
しなるロッド、左手でラインを引きながら、亜湖さんは腰を屈めて応答している。
魚の重みとファイトをいなしながら、一歩、また一歩と慎重に岸に向かって歩き始める。
徐々に、岸辺に魚が寄り始めた。でかい!
亜湖さんは、抱きかかえるようにして、ランディングした。
俺たちは、走って亜湖さんの元へとかけよる。
「でかぁ~!」
「ふぅ~! でかすぎだよ」
はち切れんばかりの笑顔で亜湖さんが笑う。
「タイメン級だな」
「タイメン?」
「地球で言う、アムールイトウだ」
「イトウって、あの幻の魚?」
「そう、日本三大怪魚、アカメ、琵琶湖大ナマズ、イトウの、あのイトウだ!」
「すげぇ~!!」
「組紐ラインを作って正解だったぞ」
「一メートルあるんじゃないの?」
「どうだかな…」
「おめでとうございます! 亜湖さん!」
「あー! この世界に来て、良かった~!!」
「じゃぁ、帰してやるわ」
「食べないんですか?」
チーズ君が聞く。
「うん、釣っただけで、お腹も心も一杯だわ。これだけで、当分美味い酒が飲める」
イトウに優しく水をかけながら、亜湖さんは上流に向かってイトウを支え
「ありがとう!元気でやれよ!」
とイトウをリリースした。




