3 土の勇者の日記
「裕介、耐えろよ。戦争が終わったら二人で釣りに行こうぜ、なんせこの世界は釣りなんて誰もやってないみたいだからな」
今日も内臓をやられたのではないかと思うほど、防具越しに木刀で激しく胴を払われ転がされた。亜湖さんも同じように殴られ蹴られた。俺と同じように青あざが絶えないのに、なぜこんな呑気な夢物語ばかり語っていられるのか、釣りは好きだけども正直なところこの慰めには辟易している。戦争が終わる前に、戦争で死んじまったら、それ以前にこの訓練所で殺されてしまったら、釣りどころの話しでは無いはずだ。
この世界で誰も釣りをしないのは多分同じような理由だろう。戦争に行くか、魔物と戦うかこの世界の人間はみんなが、何かの戦いと隣あわせだ。
俺や亜湖さんは、まだ若いからいい、殴られるのにも慣れた。自分よりも年下の兵士も少ないし間違い召喚者と笑われても、もう気にもならなくなっている。しかし、池宮さんなんてもう今年四十歳のハズだ、日本には奥さんも子供も残してきて心配だろうし、彼を殴るのも彼よりも年下の兵士ばかりだ。いつも黙ってじっと耐えている。池宮さんは大人だよ。
「裕介、お前未だ人を切る事を躊躇っているだろう?、一瞬間が空くからな。あんな連中殺すつもりでやりゃいいんだ」
柿沼さんはキレやすい人だけど、本来体力系の人だから割合サバサバと乗り越えている。脳筋って羨ましい。
海野さんは本当に頭の良い人なんだろう。言語を覚えるのも早かったし、教官の要求していることのツボをきちんと押さえているから、殴られることもほとんど無くなった。
「裕介君、相手が何を教えようとしているのか、どういう結果を望んでいるのか先読みして考えるんだよ」
海野さんに聞くと、そういう答えが返ってきた。
「ここは訓練所だからね。二年もかけて育てた兵士が戦場に出て直ぐに死んでしまっては、教官としても立つ瀬がないし、能力も疑われるからね。決してキミが憎くてやってるわけじゃないんだよ」
言われる事は頭では理解出来る、しかし俺は俺たちを拉致したこの国の人間をどうしても好意的に受け止める事は出来ない。それが態度に出ているから殴られるのかも知れない。
俺たち五人は、この二年間こうしてお互いを励まし合い、寄り添う事でなんとか生き長らえてこれた、というか俺は一度逃げ出したことがある。あの時、みんなが連帯責任で殴られ蹴られひどい目にあった。本当に申し訳ないことをしたと思っている。もう二度とこの四人には迷惑はかけたくはない。
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朝、目覚めると肩にタトゥーの様な文様が現れていた、魔法陣と言うのか、この世界に来た時の召喚の間の床に描かれていた、円形の中に訳の分からない複雑な文字や模様の描かれたものだ。他の四人にも似た様なアザが出てきていたそうで、俺たちは軍に知られないように隠して、こっそりと、王都にある呪術師の館を訪ねた。
軍からもらう給料は微々たるもので、それに比べて秘密厳守と言う事で値段は高かった。二ヶ月分の給料を支払った。呪術師の老婆は、俺の文様は土の勇者の文様だと答えた。他の四人の火風闇と賢者に比べると俺のは、かなり地味な印象があるが、この世界に一方的に召喚されて初めてステータスのようなものを手に入れた、しかも勇者だと。勇者ってこんなに殴られ蹴られするものなのかよ。
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魔法が使えるようになった。
兎に角、治癒魔法はうれしい。自分で痛いのを治せるのだから、もう軍の医療班に「またお前か」と見下されずに済みそうだ。
柿沼さんの火魔法を見せてもらった。すごい、まるで火炎放射器だ、誰もそんな魔法を使える人はいないから、無敵なんじゃないだろうか?
池宮さんの風魔法も凄い。竜巻みたいだ。ひょっとするとこの二人で戦争を終わらせてしまうかも知れない。
亜湖さんの闇魔法は変だ。周囲に紛れて姿が見えなくなる。
「裕介!女風呂が覗き放題だ」
などと、亜湖さんは喜んでいるが、そもそもこの世界で女風呂なんて聞いたこともない。だいたいこの世界の人って、沐浴くらいはしてもお風呂に入る事は無いのでは?
海野さんは賢者だったらしい。頭の良い人だから納得。賢者もなにか特別な魔法が使えるのかなぁ〜
みんなの魔法と比べると、俺の土魔法は地味だ。
石や鋼を魔力で自分の好きな状態に変えることが出来る。例えば、鋼の剣を常温のまま砂鉄にしたり粘土状にしたり、液体に変えたり出来るので、みんなの装備を好みの形に変えてあげた。
なんだか、裏方の小道具係みたいで地味だよな。