29 夏至
サーズカルに戻ると、直ぐに夏至だった。二度目の捕虜交換だと思ったら、今年はパストゥールが落ちた為に、フレーブ側に緊張が走り、行われないらしい。
挟み討ちにされる可能性が出て来た為に、それどころでは無くなったのだろう。しかもリンゲが抱える捕虜は二千五百人を超えている。莫大な金額に応じられ無いのだろう。
俺たちと入れ替わるように、ホフマン連隊長は王都に呼ばれ出発して行ったので、会う事も無かったが、ガスト連隊長補佐に俺たちの処遇は言い渡して行ったそうだ。
なんと俺たちミステイク専用の、兵舎が与えられた。これで、兵士達もエクレア少尉も十六人が一緒にいられる。但し、グレッグ少佐の部屋だけは、今まで通りの女子宿舎だった。専用の調理場と調理人がいるので、また池宮さんの料理が食べれそうだ。
海野さんは大佐になったので、大隊長になってもいいのだと思うけれど、ホフマン連隊長は特殊部隊ミステイクのトップとして据え置いた。但し、参謀入りしたそうである。連隊長にも、色々と思惑があるのだろう。ミステイク自体は、パストゥールを落とした英雄として、兵士達には相変わらず人気がある。
「夏至ですしね。今日は豚料理をしましょうか」
池宮さんが、嬉しそうに言う。
「池宮中佐って料理も出来るのですか?」
アリサが驚いて聞く。
「そうだよ、池宮さんは、ミステイクの料理長だからな。グレッグ少佐も教えてもらえ」
「よろしいのですか?」
「もちろんだよ。じゃぁ、今日は調理人さんたちと四人で作ろう」
「はい!」
「そういや、池宮さん、この間リンゲでガラスを作った時に、重曹を作ってみたんですよ」
亜湖さんが、部屋から壺を持ってくる。
「もし、使えたら使ってみてください」
「食べても大丈夫かな?」
「俺が作ったから、魔物の肉よりは安全だと思いますよ」
「じゃぁ、試しに使ってみよう。グレッグ少佐、おいで」
池宮さんと、アリサと調理人は、厨房に消えて行った。
三十分ほどのことである。俺たちが雑談をしていると、池宮さんが戻ってきた。
「さぁ、ホットケーキを焼いたから、亜湖君が毒見をしてくれ」
さっきの、ガラス材料で作った重曹を使って作ったホットケーキのようだ。
「うまそう~」
焼きたてで、バターと蜂蜜も乗っている。
「じゃぁ、遠慮なく」
亜湖さんは、重曹に絶対の自信を持っていたのか、迷いもなくいった。
「うめぇ~!!」
みんな、生唾を飲み込む。久々の甘い物だ。
「じゃぁ、他のみんなは、夜まで辛抱だね」
「えぇ~! 亜湖さん、ちょっと味見させてよ!」
「だめだ、これは俺のもんだ!」
「ケチ~!!」
「因みにそれは、グレッグ少佐が焼いたんだよ」
「やるじゃねぇか、アリサ~!」
「てへっ」
厨房の影から、心配そうに覗いていたアリサが笑っている。
夜は、豚肉のブラチオーレと言う、チーズと干しブドウを豚肉で包み、ワインとトマトで煮込んだ、ロールキャベツのような料理と、ホットケーキだった。
みんな、美味しい、美味しいと大喜びで食べていたが、エクレア少尉だけは、甘い物は苦手だそうで、ホットケーキに苦戦していた。甘ぁ~い、名前なのにね。
池宮さんの料理の味もあるが、仲間内だけで気兼ねなく食べる料理は、特に美味しい。
ひどい世界に来たと、死んだほうがマシだと思った時もあったが、こうして新たな仲間とも巡り会えた。生きてて良かった。
人生というのは不思議なものだ、どん底で死んだほうがマシだ、自分で死を選ぼうかと思うほどの時があった。それを耐えると、そのどん底を経験し耐えたことが、自分の自信につながる。
「あれを耐えれたのだから、こんな事ぐらいなんてことはない」
と思えるようになる。消して一人で耐えたわけではない。苦しい、苦しいと思いながらも、仲間とその助けがあってやっとの思いで耐えれたことだ。それでも、俺はヤケになったり潰れたりするのを、ギリギリのところで耐えた。
そのうち、段々と怒ったり、落ち込んだりしていた抑揚も穏やかになり、以前ほど感情の起伏が起こらなくなる。すると、少々のことでは動じなくなり、気が付けばうろたえ、驚いていた日々に比べ、人としての器が大きくなっている自分に気が付く。
まだまだ、俺は若い。これからも、まだ経験したことのない出来事が俺に降りかかるのだろう。それでも、その時、俺はなんとか耐え、克服することが出来そうな気がするのだ。
これが、ゲームの世界で言う経験値というものなのかも知れない。




