22 絹糸
俺たちがここに来てほぼ一年の五月の終わり、俺たちミステイクは連隊長から特命を受け、ベイグルのラビル川上流のもう一つの前線基地リンゲに向けて出発した。
今回の任務は、望遠鏡の作成技術の伝達とリンゲの南にある湿地帯を通り、リンゲと対峙するフレーブの砦パストゥールを山側の側面から攻める道を作ることらしい。
なんでも、国王アブサル自らの命令らしく、夏至までに通路を確保せよとのことらしいが、工事にかかったものの、広い湿地帯に難攻し捗っていないらしい。そこで、第三連隊長のべリス・マッケルが俺たちミステイクの噂を聞きつけ、助成を頼んできたらしい。もう二ヶ月しか残ってないけど。
第一連隊長が俺たちを葬ろうとしているのは、分かっているので余り良い予感はしないが、命令ならば仕方ない。
今回は移動を急ぐということで、全員に馬が用意されたが、俺はまだ馬に乗れない。俺はグレッグ中尉に同乗させてもらうことになった。あの亜湖さんや、柿沼さんはグレッグ中尉には女を感じないそうで別に羨ましくもないらしい。これが、ステラだったら「死刑だ、死刑だ」と騒ぐんだろうな。
「カワハラ大尉、しっかり捕まっていて下さい」
俺はグレッグ中尉の腰にしがみついて、情けないと周りから笑いものになっている。
乗れねぇものは、仕方ないじゃんかよ。あの熊殺しのドリス大尉だって泳げないんだから。
リンゲまでは、馬ならば五日もあれば着くそうだ、歩けば二十日はかかる。
ハリタ村から、殲滅作戦の時とは反対のオルトロス山地の西側を抜けてタルモ村を経由してリンゲらしい。
山越えは、岩山の結構細い道で、落ちれば一貫の終わりというスリル満点の場所だった。そこを超え、山を下り森になったところで木になにやら白い果実のようなものが、ぶら下がっているのが見える。
「グレッグ中尉、アレはなんだろう?」
「あぁ、あれはガイゴという蛾の魔物の繭ですね」
「繭なのか?」
大きい、パパイヤくらいはある。
「繭ならば、試してみたいことがあるんだけどな」
「いいですよ、採ってきましょう」
グレッグ中尉は、スルスルと木に登って切って落とし、二つ採ってきてくれた。
「ありがとう」
小柄だけあって、身軽だな。
昼食休憩時間に土鍋を作って、お湯を沸かし繭を茹でる。
「何の料理が出来るんですか?」
池宮さんが、不思議そうに聞く。
「絹だな?」
亜湖さんが、答える。
「そうです、絹糸が出来ないかと思って」
「絹糸ってなんですか?」
「淑女の下着に最適な布を織る糸さ」
グレッグ中尉の質問に、亜湖さんがにやけながら答える。
「女性の下着を作っているんですか?」
グレッグ中尉は顔を赤らめながら、ちょっと怒っている。自分が採って来たものをそんな風に使われるとは思っていなかったようだ。
「いや、そういう物にも使える、柔らかい綺麗な糸が取れるかもって話しだよ」
俺はそう答えたが、アリサは俺まで変態を見る目で見ている。
「亜湖さんが変な説明するからですよ!」
「川原大尉は、グレッグ中尉のパンツを作ってくれてんだ。愛だなぁ~」
「なに、言ってんですか!」
兵士たちも大笑いをする。アリサは怒って向こうに行ってしまった。
三又の木の枝に、出てきた糸をクルクルと巻き付けてみる。
「うん、これなら絹糸として十分使えるんじゃないか?」
亜湖さんが手触りを確かめながら言う。引っ張ってみる。
「うん、撚ってみないと分からないが、地球の絹よりは強い感じがするな。本当は、一時間ほど水に浸してからやるんだぞ」
そうなのか、知らなかった。
「通るついでに、タルモ村でこの絹作りを提案してみようと思うんです。材料もこんなに一杯あるんだし」
「それは、良い提案だね。この世界に絹がないのなら、タルモ村、いやベイグルの地場産業に発展するかも知れないよ」
海野大尉の同意も得られた。
「グレッグ中尉のパンツが出来る日も近い!」
また亜湖さんが、火に油を注ぐ。しつこいって! っていうか、もう立派なセクハラだよ。
森を抜けるとタルモ村だった。村長に面会する。
村長はいきなり兵士、それも大尉の沢山いる隊の面会だから、何をされるのかとオドオドしていた。
「コレをこの村で作るってのは、どうでしょうか?」
「コレは、糸ですね。なんて繊細で光沢のある糸なんだ」
「実は、森にたくさんある、この繭から作るんです」
「コレは、ガイゴの繭。あの厄介者から、この綺麗な糸が取れるので?」
「絹って糸です。」
「村に残っている女の人で出来ます。今から実演するので集まってもらって覚えてください」
「それは、なんと有り難い話しだ」
どのみち今夜は、ここで野営だ。
俺は集合を待ってる間に、石を加工して簡単な糸巻きを作った。亜湖さんの指導でギアではないがローラー接触でカムを使って動く、糸を糸車の左右に振り分ける機構、レベルワンダーも作った。
後になって思う事だが、30分ほどで適当に作ったこの糸巻きが、俺の作る同軸リールの一号機だった。
実演が始まり、五つの繭から撚り糸を作りながら、糸車に糸を巻き取り、外した糸車から紡いだ絹糸を抜きとると、村人から拍手が起こった。
「コレを、草木の染料で染めて織って布にすれば、シルクと言う、光沢があってしなやかで肌触りの良い高級な布が出来ます」
「また、帰りに寄りますので、この村で研究して生産して下さい」
「コレはきっと売れるぞ!」
村長は力強い口調で言った。




