196 ツクナレ
「フィッシュ オン!」
ステファニーの竿がしなる。またドラグが出る。
「!!! ななな! これは走ります! 凄い引きです!」
見ていても分かる、ドラグが止まらない。
ドラグが出る合間にちょっと巻けていると言う感じだ。ステファニーは、身を低く構えて竿をリールの手前で支えて耐えている。
パーン!
鮮やかな黄色の魚。
魚が跳ねる! ドラドのジャンプを彷彿させる、派手なジャンプ。それほど大きくは無い、五十センチくらいだろうか?
驚くのは、ジャンプの後、そのまま、またドラグを引っ張り出す粘り強さとそのスピードだ。これぞ、ルアーフィッシングというべき、網を構えている裕介ですら、思わず竿と間違えて網の柄を煽ってしまいそうになる鮮烈なファイト。
ステファニーは、言葉も失い息を止めてドラグに耐え、巻き寄せてはまた耐えるを繰り返す。
そして再びジャンプ! まるでロデオのカーボーイのように、このじゃじゃ馬な魚のファイトをうまくいなす。
「やるなぁ〜、ステファニー! 流石は会長!」
裕介は、感心半分、この魚、俺も釣りたかったなぁ〜。などと羨ましさ半分で声援を送る。しかし、まだステファニーにそれに答える余裕は無い。
魚の果敢なファイトに、いっときも気が抜けないのだ。
「なんて勇猛で、気性の荒い魚なんだろう!」
ステファニーは、自分の釣魚のファイトに舌を巻きながら、それでも徐々に魚の力が弱まって行くのを感じていた。「もう少しだ」
かかった瞬間は、そのファイトに頭がチカチカするほど驚いた。今も、口の中は戦闘時に感じるアドレナリンの味でいっぱいだ。でも楽しい! 魔王様との釣りは、本当に楽しい! ステファニーは、心からそう感じていた。
船縁に来てもまだ、ドラグを出して抵抗を見せたが、ようやく裕介の構えた網に入った。
「よし!」
普段は控えめな、ステファニーが拳を握りしめて笑顔でガッツポーズをとる。
「いったい、何だったんだ?」
裕介は網の中の魚を見る。
鮮やかな黄色の魚体に、痣のような黒い不規則な黒い斑紋。真っ赤な目。ブラックバスのような大きな口だが、ブラックバスより顔はシュッとしている。極め付けは、尾鰭付け根の大きな丸い斑紋。
「コイツぁ、ツクナレじゃないか! ピーコックバスとも言うな。尾っぽの付け根の模様が孔雀の羽根の模様に似てるだろ? どおりで! コイツぁ、俺も釣りたいなぁ〜」
「ステファニーさん、楽しそうだったね!」
「カッコ良かったですよ!」
「えへへ、魔王様、コイツは美味しいんでしょうか?」
「うん、かなり旨いらしいぞ、焼いても揚げてもスープの出汁にしても美味しいって」
「では、バンバン釣りましょう!」
「俺も釣りたい!」
「お兄さんは、いつでも釣れるじゃ無いですか!」
「ミリーム! いつから、お前はそんな事を言う娘になったんだ!」
「ユースケ! 今日はガイドに徹するって言ってたじゃないか! 男に二言は無いだろう?」
「魔王様のお手を煩わすほどの事ではございません」
「お前らぁ〜!」
結局裕介は釣らせてもらえず、その後は、ツクナレばかりとなり、各自一匹づつ釣ってからは、リリースした。
帰宅して三人は、セフィアの前で笑顔で魚を構え、セフィアの心のシャッターで記念撮影をして、それぞれに焼き付けた写真を記念にもらう。
ピラルクだけは、裕介の空間魔法で支えたものに抱きついた。
夕食の後、セフィアとミリムは久しぶりに二人になる時間ができた。
「ミリムちゃん良く頑張ったわね」
「はいお姉さん、何もわからず、どういう夢を持つかも考えることが出来なかった僕が、ここまでやってこれたのは、お兄さんとお姉さんのお陰です」
「いーえ、あなたが良く頑張ったからよ。四年前の事を覚えてる?」
「はい、三年したら一緒に暮らしてもいいって話しでした」
「ミリムちゃんが、ユースケさんの奥さんになりたいと思うのなら、私は反対しないわ」
「… 確かに、僕の初恋は、お兄さんでした。お兄さんのことを考えると、幸せで、ずっと一緒にいられたらと思っていました。でも…」
「… 」
「でも、やっぱりアレは僕の初恋だったのだと思います。お兄さんやお姉さんと、一緒に釣りの旅をすることには、今でも憧れますが、今の仕事は楽しいですし、新たな夢も出てきました」
実際のところミリムには、もう裕介を大好きな兄以上には見られなくなっていた。セフィアには三年したら二人目の妻に迎えると言われていたものの、その二人の中に自分が入るというのは、自分の憧れとはどう考えても違うのだ。裕介とセフィアには、いつまでも仲睦まじい夫婦でいて欲しかった。それがミリムの憧れだったのだ。
「そう…、じゃあ、ミリムちゃんは今のままでも不満は無いって思っていいのかしら?」
「もっ、もちろんです! お兄さんと結婚して、お二人の生活に入りたいとは、微塵も思っていません! 憧れは憧れです!」
「いいのね? じゃあ、安心したわ。四年前のアレは、やっぱり私の取り越し苦労の勇み足だったのね?」
「たぶん、僕は魔力を受け取らなくても、お兄さんを好きになっていたでしょうし、魔力を受け取った今でも、お兄さんとお姉さんの間に割り込みたいとも思いません。僕は僕の家庭を持ちたいと思っています」
「うふふ、私の勇み足だったらいいの。ごめんなさいね」
「いえ、またこうして再開できましたし、これからはちょくちょく会いにも来れるようになります」
「そうね。いつでも来てくれたら歓迎するわ。ユースケさんの言うとおり、あなたを妹に迎えて本当に良かった」
「えへへ、僕もです」
セフィアは、ずっと気になっていた胸のつっかえが取れて楽になった。二十二歳になったミリムは四年前の幼さが取れ、正統派の金髪美女になっていた。ミリムならば、引く手あまただろうと思いながら、ミリムを見つめるのだった。