193 ドクターフィッシュ
ベイグル政府の意向は、やはり五月開業の予定であり、そこまで進んでいるのなら、人を送って開業に向けて準備に入ると言う事だった。
中央山脈横断鉄道公社、通称、CMR。転移者が考えたとモロバレのネーミングの会社が、運営を任せられるそうで、初代総裁としてクリス・エスパールが就任したそうだ。なんの事は無い、セフィアの兄だ。民主化されても特権階級と言うものは生きている。
エスパールが発案し、外交をまとめ、娘婿が工事をして、息子が運営するのだから巷ではCMRよりも、エスパール鉄道と言う名で呼ばれるようになる。
その当主エスパールは、リーズ無しで裕介が仮帰国した事を非常に残念がりながらも、長い工事をご苦労だったと成せる限りで労ってくれ、ベイグル政府は秘密裏に地中空間の裕介の所有を認めた。
スレブのエネルギー供給を歓迎し、CMRの動力に魔力電池を正式採用した。これを受けて、アコセイサクショからはマカロン、レアに続く技術者をアルバスのカダラ灯台研究所に大量派遣して、現在製作中の実車輛に改良を加え、研究所付近でも実車両を製作する事になった。アコセイサクショアルバス工場が誕生した。アミルのオパールライトは既に搭載済みだ。
駅や貨物倉庫の内装も本格化し、CMRは開業に向けて一気に動き始めるかにみえた。
「ちょっと待て! トンネル部分のアダマンタイトを掘り尽くすまでは、拡張工事はやらせねぇ〜!」
そう言って工事をストップさせたのはミルトだった。アダマンタイトと言えば、この世界では非常に貴重な金属だ。それが出て来たとなれば、採掘権をドアーフに認めたベイグルとしては、工事を優先させる訳にもいかず、ミルトに半年の猶予を認めた。
結局、開業は三ヶ月延びて、翌年八月に開業となった。お陰で、裕介にも半年間の休みが出来たのだ。
ベイグル側のパイロット路二十キロを歩けば、一応はトンネルと鉄道は使えるので、カダラ灯台の試験路線は工場出荷前の最終テストのみとされ、実際にトンネルの工事完了区間を使用しての、実路線試験運転に切り替わった。このお陰で、トンネル内は一日数本の列車が行き交い列車でスレブに行き、また戻って来れる。
知る人ぞ知る、文字通りの闇鉄道だが、そこそこの乗客を乗せてCMRの無料試験営業も始まる。
しかし、これらは少し先の話しであり、今は、裕介がパイロット路を開通させた一週間後。ミリム、カレンと共に裕介はスレブに到着した。
「アレか? セフィアの像ってのは? かなり大きいな」
「いや、女神メスカリとパミルの像だよ、カレンさん」
「アレをお兄さんが作ったんですか?」
「自由に作っていいって言われたからな、俺の女神だ」
「相変わらず仲が良いな」
「最近はトンネル工事で、離れてるけど、念話では会話してるからな」
「まだ言うか? トンネルで寂しすぎて、セフィアや娘の声が聞こえるんだろ? 可哀想にな」
「違うって! 本当に念話で話ししてるんだって」
「まぁ、そう言う事にしておいてやろう」
カレンは、裕介を痛い人を見るような慈愛の目で優しく背中を摩ってやった。
「そうだ、せっかくスレブに来たんだから、温泉に入って行くか」
「温泉? それはなんだ?」
「お湯に浸かる沐浴だな。日本人は大好きなやつだ」
「日本人が? じゃあ行こう、直ぐに行こう!」
三人はもう開業をしている、メスカリ・テレスマーレにやってきた。
「スレブは、宗教国だからな、残念ながら裸ではダメなんだ」
「残念って、ユースケは、私とミリムの裸が見たかったのか? 別にそれならば言ってくれれば、なぁ、ミリム」
「いや、ぼっ、僕は恥ずかしいです!」
「違う! 違う! 日本の温泉は裸で入るものなんだ。服を着て温泉に入るなんて日本人としては、邪道だが仕方ないって話しだ」
温泉の側で浴衣を貸し出している店がもう出来ていて、裕介の信念はともかく、それを借りる。
真っ白な麻のような生地で織られた、スモックのような浴衣だ。宗教国らしいと言えば、らしい気がする。
三人は、浴衣を身につけて大きなプールのような温泉に入る。
「山肌が全部真っ白で、棚田のような場所を段々に流れてきているんですね。すごく綺麗!」
「ほんと、天国があるとすれば、こんな感じかも知れないな」
「アレ? 魚がいますよ!」
「本当だ。これ、アレじゃないか? ガラ・ルファ。ドクターフィッシュって相性で呼ばれている。三十七度くらいまでは生息出来る魚なんだけど、稚魚は人間の角質化した古い皮膚を食べてくれるので、美容に良いって言われてる奴だ」
「ドクターフィッシュ? おっ、なんか小さいのが集まって来たぞ!」
「おっほ! 足の指の間を!」
カレンが、上半身を退け反らせながら悶えている。
「うひゃー! くすぐったい!」
「前の世界で歴史を動かした絶世の美女クレオパトラと言う人が好んだ美容法らしいぞ、辛抱すれば美人になるぞ。うっ! ……!!」
「デカイのもいるぞ!」
「デカイのは、人間の皮膚は食べないらしい」
「いや、小さいのと同じだぞ」
この世界のガラ・ルファは成魚でも人間の角質を食べるらしい。十センチくらいのもワニャワニャと集まって来て、肌をつつく。ミリムは赤くなって少し涙目になっている。
「ぬっほ! ダメだダメだ、そこはダメだ!」
とうとう、カレンが絶えれなくなって温泉から上がった、ミリムも大急ぎで後に続く。
「あぁ、驚きました」
「だなぁ、足の親指と親指の間は驚くよ。日本人は、こういうのが大好きなのか?」
「すごいですね、日本人」
「足の親指と親指の間って?!」
裕介は想像して苦笑した。
「いや、カレンさん、ミリム。温泉ってそういう変なプレイじゃないから… そんな変態を見る目で見ないで!」