190 開通
メスケレフ発電所の件は、緊急議案として、すんなりとスレブの教会と政府の承認がおり、修道院の敷地内に発電所が作られることになった。たった三日のスピード決定だ。
裕介は工事を手伝おうと申し出たが、それには及ばぬとサルサバドル中の修道者が集まり、空間魔法を用いて僅か二日で石造りの発電所施設を作り出した。スレブの国を挙げての期待が分かる。
裕介が設計段階で指示した御神体メビウスの輪の受信装置を置く部屋は、発電所の地下の一番奥に作られ、盗掘を避けるため分厚い大理石の壁で囲われた。そこへ行くためには三つの扉を開ける必要がある。扉と言うよりは、裕介自身による封印だった。分厚い鉄板で通路と一体化してしまったのだ。
だから御神体を見た人は、スレブの人間ではヘイズとピルブ以外にはいない。ヘイズとピルブが目撃した御神体は、これぞ神の意思と言うべき、不思議な形をしたダイヤの塊であり、この世界では裕介以外には誰も作り出せないものであった。
もちろん、この御神体が受信する魔力は尋常なものでは無い。裕介はここから更に小分けして二十五の魔力充填機の伝送装置を設置した。この装置での魔力電池の充填時間は十分だ。つまりこの発電所の能力は理論上、二十四時間の稼働で魔力電池三千六百個の生産。大人一日三万六千人分の魔力を充填出来る事になる。大体拳大の龍石一個強の魔力であるから、龍の墓場の龍石の量を思うと半永久に供給出来るだろう。
セフィアの魔方陣で魔力充填機を作成し、魔力電池の素材には、紙が採用された。スレブには和紙のように漉いて作る紙があったのだ、それを型を使い手の平に乗る程度の円形に漉き、スタンプで魔方陣が刻印された。その上から、また漉いて重ねて、かなりの厚紙にして最後にメスケレフ修道院の刻印と製造年月日を打つ。五ミリほども厚みがあるので破れる事は無いだろう。
魔方陣と言うものは、特に素材を選ばない。かつてセフィアが自分の腹に魔力電池の魔方陣を描いたように、石でも紙でも、金属でも構わないのだ。
魔力電池で世に知られる事となったスレブ紙は、羊皮紙に次ぐ丈夫で高級な筆記具として重宝される事になる。
元々、この紙作りで細々と生計を立てていたメスケレフ修道院は、需要に応じてこの製法をスレブ辺境の村々に伝え感謝される事になる。
魔力電池が生産されるようになり、パルージャ商会も出入りする様になった。
ステラはスレブにパルージャ商会の支部と商業ギルドを設立し、各枢機卿を中心に経済活動を行なっているというか、そう言う概念を植え付けている。
トンネル工事は再開され、既に予定の九十パーセントまで繋がっていた。スレブからの通いは時間がかかるので、既にトンネル内に宿舎を作り泊まり込みで作業して三ケ月になる。後、一月かからずに開通するだろう。
「しかし、開通してもベイグルは厳冬期だけどな」
裕介は、そう思う。思っていた以上に工事が順調に進んだのだ。
「ここいらで作業を休止して、ベイグルにいつ開通させるのが良いか、お伺いを立てるべきかな?」
「そうだの、十二月にトンネルを開通させても、ベイグルは動けないものな」
相談すると、ミルトも同じ意見だ。ミルトもここまで掘り進んで気になっている鉱脈があるようで、鉄道が開通する前にある程度まで掘っておきたいらしい。
「じゃあ、ここいらで鉄道敷設は一旦休止して、親方達は鉱脈の調査、俺は一人でパイロット路をベイグルまで貫通させましょうか?」
「一人で? 大丈夫なのか?」
「人が歩いて通る程度のトンネルなら、四日もあれば開通出来ると思います」
「いや、何かあったら大変だ。調査は工夫達にやらせるから、ワシ一人だけでも付いていよう」
「大丈夫ですよ」
「いや、イカン。トンネルを一人で掘るなど、何かあっても分からんじゃないか!」
「分かりました。じゃあ、そうしましょう。開通させて、ゲルトに行って直接どうするか尋ねてきます」
実のところ、裕介には魔力探査で既にベイグルの大地が見えていた。後二十キロほどだ。
翌日からミルトと二人で、人二人が並んで通れる程度のパイロット路の工事に入る。
もう戻るのも面倒なので、掘ったトンネルでそのまま寝泊まりする事にした。寝るまで食事以外はトンネルを掘るだけなので、いつもの倍は働く。鉄道敷設も無いので、一日七キロは掘り進んだ。
それは二日目、開通まで後十キロと言う場所だった。後ろを付いて来ていた親方が足を止める。盛んに掘ったトンネルの壁にライトを当てて、調べている。
「親方、どうしました? 何か出て来ましたか?」
「待ってくれ」
親方が調べている。
「やっぱりそうだ、こりゃぁアダマンタイトだ。アダマンタイト鉱脈がこんなところにあったか!」
「アダマンタイトって、ダイヤよりも硬いって言う?」
「そうだ、だがダイヤと違って鋳造出来る。まぁ、お前さんにかかっちゃどちらも同じだがな」
「珍しいんでしょう?」
「あぁ、滅多に出るモンじゃねえ。硬い上に粘りがあるんだ。何でも切り裂く剣の材料にこれ以上のモノはねえ」
「工夫を呼んで来てここいらを掘らせる。どの道トンネル拡張のために気化しちまうんだからな。掘るなら今のうちだ」
「良いですよ。じゃあ、俺は先に進んでます」
「すまねえな」
裕介は、先を掘り進める事にした。一日半後、ボコっとトンネルが開通する。ベイグルの冷たい風が流れ込んで来る。
「寒っ!」
慌てて裕介は、防寒着をアイテムボックスから取り出して着込む。一歩踏み出して久しぶりにベイグルの大地を踏んだ。最初にした事は、セフィアへの念話だ。
「セフィア! パイロット路だけど、ベイグルに開通したぞ!」
「まぁ! おめでとうございます! ご苦労様でした!」
三月に着工して八ヶ月。ようやく暫定的とは言えトンネルが開通した。長い穴倉生活だったと裕介は思う。うっすらと雪が積もったベイグルは、眩しくて目を開けるのが辛いほどで、裕介は思わずミリムレンズを装着すると、懐かしい百八十度地平線の大地を見渡すのだった。