188 念話
「じゃあ、龍の墓場にメビウスの輪を置きに行こうと思う。爺さんとグィネヴィアさんに付いて来てもらうよ」
「あなた、私も行っていいですか?」
「いや、危ないだろ。何かあったらリーズが独りになってしまう」
「だからこそ、私はあなたと行きたいのです。何があるか分からないから、一緒に居たいのです」
「リーズはどうする?」
「もう一歳を超えましたから、おばあちゃんと一緒で大丈夫です」
「リーズ、ママとパパはお仕事に行ってきます。おばあちゃんと一緒にいてくれますか?」
「ママ… パパ… だいしゅき」
「行っていいそうです」
「えぇ〜?! 今ので行って良いって言ってんの?!」
「行って良いの『だいしゅき』です」
「それ、本当ぉ〜?」
半ば強引ではあるが、ビスタルク夫妻とセフィアを乗せて、裕介はスレブに向かった。
「アレですか?!」
セフィアが指を差したのは、ペンテコステの丘のメスカリ像だ。
「ああ、そうだ」
「こんなに大きいとは! でも凄く恥ずかしいです」
セフィアは赤い顔をしている。
「そうだセフィア、ミリムレンズを掛けて置いた方がいいよ。メスカリだと騒がれても困るから」
「誰が、そうしたんですか! もう!」
セフィアは少し怒りながらも、ミリムレンズを装着した。
トンネル入り口で、列車に乗り換える。
「ひょえぇ、これは良いですね。バイクや馬車と違って振動が殆ど無いです。船に乗っている時の様なフワフワした感じもありません」
「悪く無いだろ?」
「初めて乗ったのに、リズミカルにガタンガタンってなるのが、眠気を誘いますね」
「レールの繋ぎ目で音が出るんだ」
「繋ぎ目は必要なのですか?」
「長いから、気温の変化で線路が伸び縮みするからね。四十メル毎に隙間を開けてるんだ」
「そうなのですね」
「古くなると、交換も必要だしね」
セフィアは初めての列車の旅が気に入った様だ。
「さぁ、着いた」
列車を降りて徒歩で地中空間に向かう。
「わぁぁぁ~!! 凄く綺麗!」
空間に出るとセフィアは目を丸くして、驚きの声を上げる。
「そうよね、何度見ても夢の世界のようだわ」
グィネヴィアもかなりお気に入りの場所のようだ。
「これを閉めてしまうのは勿体ない気もするわね」
「でも、破壊されることを思うと、その方がいいと思いますよ」
「こういう場所があることを知れば、不正を働く人間は絶対出てくるもののう」
「悲しいですが、ビスタルクさんの言う通りですね。でも、リーズが大きくなったら見せてあげたい」
「こっそり来れば良いではないか、お前さんらの所有物なのだから」
「なんか、凄く悪い人になった気がします」
「ははは、悪い人になっても守った方が良いじゃろうのう。幸いこれを見た者たちはみんな同意しておる」
「秘密の花園ですね」
「キノコとシダじゃがの」
「さて、龍の墓場に行って、用事を先に済ませましょうか」
裕介は、ミセスセフィアを取り出して、みんなが乗り込む。
「今日は、魔力電池で飛ばします。防護服を着ると、魔力が使えないものでね」
「便利よね。魔力が無くても使えるんだものね」
「そうです。私に魔力が無かった時はこれで頑張ってました。でも魔力を充填するのに、随分苦労したものです」
セフィアは、黒髪の淫魔女と呼ばれ、嫌らしい笑いと蔑みの目で見られた王宮魔導士時代を思い出した。全く黒歴史だ。
ある程度進んだところで、全員が防護服を着る。段々に魔力圧が高くなってきたのだ。サンドクラブの殻を使った防護服は大したもので、こんな薄いフィルム一枚で先ほどまでの圧が嘘のように無くなった。但し、魔力探知も出来なくなった。
目の前の地面が荒地に変る。そうすると遠目でもはっきりと分かる大きな骨が、幾つも見えてきた。セフィアは初めて見る、龍の骨の化石だ。化石になるほどだから何万年も前のものなのだろう。ベイグルの建国伝承には黒龍が出てくるが、ミケネスの話しでは、賢者が召喚する龍は本物では無いらしい。ここにあるのは、かつて地上に君臨した本物の龍達なのだ。
「この間は、一番手前で背一杯だったけど、メビウスの輪を置くのは、出来るだけ、奥の方がいいだろうな」
「そうじゃのう」
何体もの龍の化石の側を通り抜け、最奥の壁の前に一段高くなった場所があり、そこにひと際大きな化石が横たわっていた。
「いかん、この大きいのの魔力は防護服も超えてきよるぞ。しかも、これはお前さんらの魔力と同じ種、黒龍じゃ!」
「じゃぁ、ここに置いて帰ろう」
裕介は黒龍の化石の前に船を降下させ、メビウスの輪を置く。不思議と、黒龍の魔力は他のもののように圧を感じず、防護服越しだが暖かいものに感じる。裕介は、化石の項を垂れた首の前にある頭蓋の目を見た。
裕介に龍達の歴史が流れ込んで来る。
赤や青の龍が黒い龍の後に続いて、白い龍の軍団と戦っている。
凄まじい魔法、炎、雷、風、雨、闇の霧、天変地異。それはまるで神と悪魔が戦っているようでもある。
やがて白い龍の軍団が天高く、夕日に向かって飛び去って行き、ボロボロになった黒い龍の軍団は、たぶんこの場所で傷を癒そうとしたのだろう。しかし、呪いの様に傷口は癒えず悪化し、身体を蝕んでいった。黒い龍の周りに、他の色の龍は集まり、徐々に息絶えていく、そして最後に黒い龍も息絶えた。
「おぉ! 今のは何じゃったのじゃ?!」
「龍の戦いでしたわ」
「怖かった…」
どうやら、四人が同じ白昼夢を見たようである。
「凄まじい戦いだったな、化石に残った黒龍の思念だったのかな?」
「アレ? 何かおかしいですよ?」
「何が?」
セフィアの言葉に三人が一斉に応える。
「さっきから、私たちは言葉で会話していません」
「……!!」
「そう言われれば!」
「念話?!」
「考えた事が、周りに伝わるのか? これは、ヤバイ!」
「何がヤバイのじゃ?」
「今夜は、久しぶりにスレブでセフィアとゆっくりと、あんな事や、こんな事…! って言えねぇって!」
「えっ! 嬉しい!」
思った事が周りに念話で伝わっている事に気づき、セフィアが真っ赤になってうつむく。
「こんな場所で、お前さん達は、そんな事を考えておったのか?!」
「若いって良いわねぇ〜」
「どうじゃ、グィネヴィア。ワシらも久しぶりに」
「何、見栄をはってんのよ!」
ビスタルクとグィネヴィアは、早速念話を使いこなしている様だ。しかし、裕介とセフィアは、まだ考えたことがダダ漏れだった。
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