185 盛り上がらない夕食
「にゃにゃ! にゃんて重いにゃ!」
「先生、欲張って一度に沢山釣ろうとするからですよ」
ミケネスの仕掛けには四匹もカニが引っかかっている。これでは二十キロ近くもなり、下手をすれば竿が折れてしまう。
仕方なく裕介は魔法でミケネスの仕掛けを浮かせて、生簀に運んだ。
「重かったにゃ〜」
「ダメですよ、竿の限界ってものがあるんですから」
「すまにゃいにゃん」
ミケネスはしょんぼりしながら、大人しくなったカニを網から外している。生物学者なのだから、見ただけでカニの重さくらいは分かっていたのだが、生まれて初めての釣りで、猫的闘争本能と欲に勝てなかった自分を反省している。
「まぁ、初めての釣りってそんなものですよ。いきなり爆釣すれば、自分を止められ無いもんです」
裕介がしょんぼりしているミケネスを、そうフォローするとミケネスは、ピンと頭の耳を立てて「そうかにゃん!」と元気になった。立ち直りも早い。
サンドクラブはいくらでもいて、四人で釣れば直ぐに生簀が一杯になった。
「じゃあ、生簀も一杯なんでそろそろ帰りましょうか。ステラもカニを食べに来るだろう?」
「ええ、大きくなったリーズちゃんも見たいから、行くわ」
「ふーん、釣りは楽しかったにゃん」
ミケネスは、初めての釣りに満足したようだ。折角釣っても、食べられないので可哀想な気もするが、体質的なものだから仕方がない。
「さて、死んだカニでも魔力の遮断が出来るのか試してみよう」
一度湯がいたカニの甲羅を石に被せて、浮遊魔法を使ってみる。確かに浮かぶハズの物が浮かばない。魔法を弾いているようだ。
カニの甲羅を加工しようとしたが、土魔法も木魔法も効かない。砕いて粉にして、皿に描いた魔動モーターの魔方陣にかけて魔力をかけてみるが、魔動モーターも作動しない。魔力も遮断しているらしい。
「これなら、魔力防護服も作れそうだな。上手くすると、列車や他の魔動モーターの緊急停止装置にも使えるかも知れない」
「そうですね、魔力を遮断する素材ってのは初めてですからねぇ」
セフィアや、ビスタルク夫妻もカニの甲羅のテストの結果に驚いている。
「それより…、今夜は死ぬほどカニを食べるぞ〜!」
「イエーイ!」
一同が盛り上がる!
そんな中、ミケネスだけが一人、オドロオドロした空気を身に纏って、部屋の隅で拗ねていた。
「仕方ない、先生、加熱したカニならば沢山食べなければ大丈夫なんですよ。それと今日は頑張って頂いたので鰹節を一本付けましょう!」
「にゃにゃ! 食べても良いのかにゃ? 鰹節ってにゃんにゃ? 聞いただけでも涎が出るにゃ!」
「日本には、『猫に鰹節』って言葉があるくらい、猫が大好きなものです」
「にゃ〜に? その魅惑的にゃ言葉は」
「これです!」
裕介は鰹節を一本丸ごとミケネスに渡す。
「にゃ〜!!」
「……」
「……」
人は、全員無口でカニをしゃぶっている。
ミケネスは、一人無口で鰹節をしゃぶっている。
「……」
会話が無い。大勢いるのに、何とも盛り上がらない夕食だ。
「あー、食った食った。もう当分カニは要らない」
やっと裕介が言葉を発した。
テーブル横の木箱には、山盛りのカニの残骸が残っていた。
「じゃあ、後はこれをクリーンナップして粉にして…、って、そうか魔法は効かないんだった。と言うことは、全て手作業?!」
裕介は生簀一杯分のカニの残骸を目の前に絶句した。
「頑張ってね」
「頑張るしか無いね」
「頑張れ〜」
食べるだけ食べたみんなは、裕介の肩を叩きながら各自の部屋へ戻って行った。
翌朝、裕介はカニの甲羅を焼いてみて、それでも魔力を遮断する効果があるのかテストしていた。焼いてしまえば、残骸を掃除する手間も省け、脆くなって砕きやすくなると考えたからだ。
結果、焼けば焼くほど、どんどん遮断力が弱くなっていくことが分かった。やはり茹でるくらいが限界だったようだ。
「魔法を使わずに甲羅をクリーンナップするにゃら、プープスライムを使うのが良いにゃ。甲殻類の殻は食べないにゃ」
色々やってみている裕介を見て、ミケネスが助言をくれる。プープスライムとはこの世界のトイレや生ゴミ処理に使われている、お馴染みのスライムだ。この島にも沢山いる。
裕介はプープスライムを入れた甕の中に、カニの甲羅や脚を入れてみた。スライムが集まってきて甲羅を包み込む、ものの三分で甲羅だけプイっと甕の外に吐き出された。残った身とか、要らないものは無くなって綺麗になっている。
「ははは、こりゃいいや!」
魔動モーター付きの石臼を作り、洗浄後の甲羅をすり潰し、粉にする。
その粉に魔力遮断効果がある事を確認したら、他の殻も全部同じ要領で洗浄して粉にした。
日本の最新技術ではカニの甲羅からナノファイバーを作って衣類や強化プラスチックに変えることが可能だが、裕介にそんな技術があるハズもない。
裕介はすり潰した甲羅の粉を平な石の定盤に薄く敷き詰め、霧吹きでサファイア樹脂接着剤を吹きかけて固めてフィルム状の物を作り出した。
これを魔力防護服の生地にしようと考えたのだ。
腰まで頭からすっぽり被る、ポンチョ状に加工されたその衣類は、裕介の狙い通り魔力遮断効果を持つ魔力防護服になった。
木の人形に着せて、セフィアの爆裂魔方陣をズールと同じように跳ね返す事を確認し、自分で着てビスタルク夫妻や、セフィアの魔力探知にもかからないことが確認できた。
「ヨシ! 出来たぞ」
「ほんとうに、出来るものにゃのにゃにゃ!」
「素晴らしいですな。古代の魔道具にも匹敵しますな」
「本当にのう、伝説の武具、魔消の鎧、兜と同じ効果じゃのう。こりゃたまげた」
「エルフの風消しの盾と同じね」
「ちゃんと新案登録しときなさいよ」
みんな、カニを釣るところから、食べるまで一緒だったので、そこからこんな新商品が生まれたのを経験して絶賛である。
「そうです。これがユースケさん、カワハラギケンなんです」
セフィアも誇らしげに胸を張る。
「でもなぁ〜、これを着ている時は魔法が使えないし、リーズの念話も聞こえ無いんだよね」
着ている時は、船も飛ばせ無いという現実に気づいた。まぁ、船は魔力電池で飛ばせば、いい事だが。