184 資産家の務め
「ネプル砂漠にサンドクラブって蟹がいるにゃ。大きな蟹にゃけど、甲羅は魔法を跳ね返すにゃ」
ミケネス教授が朝から、スモークしたスレーブルマスのサンドイッチを頬張りながら、カニの話しをしている。
「なるほど、その甲羅ならズールと同じように魔法を跳ね返せるってわけですか」
「そうだにゃ。魔法を跳ね返すってことは魔力も通さないってことにゃ」
「じゃあ、そのカニを釣ってみますか?」
「カニって釣れるんですか?」
「釣るって言うか引っ掛けるって感じだけど、一応竿と糸を使うぞ」
もう一度、龍の墓場に行くときの装備の話しをしていてこうなった。発電所を作るためには、あの気がおかしくなりそうな場所に、もう一度行かなくてはならない。何かの装備で少しでも防護出来るのならと言う話しで、ズールが魔法を跳ね返した話しをしたら、ミケネスがカニの話しを始めた。
「じゃあ、ステラに話しに行くついでにちょっと、ネプル砂漠まで足を延ばして釣ってくるよ」
「じゃあ、あたしも行くにゃ」
「でも、ミケネス教授残念なお知らせがあります」
「にゃ! まさか! カニも食べちゃダメにゃ?」
「その通りです。カニも猫には厳禁の食べ物です」
「にゃにゃにゃ! にゃんであたしは、猫耳族に生まれたにゃ〜!!」
「私は今日はセフィア様に『愛のてんこ盛りセフィアノート』の魔方陣について、教えていただきます」
フリーマン教授、それ言ってて恥ずかしく無いっすか? と裕介は思ったが、セフィアの手前、口に出すのは憚った。
ネプル砂漠の端っこならば、モスカを飛び越えて真っ直ぐに行けば、三時間ちょっとのハズだ、スレブやアペリスコの方が遠いのだ。カニはその辺りの牧草地と砂漠の境目辺りにいるらしい。ミケネスとビスタルクも付いて来る事になった。
先にモスカに寄って、ステラのアポを取っておこうとしたら、ネプル砂漠に行くのなら付いて来ると、途中からステラも加わる。
「魔力発電所?! 半永久? それは、国家級の資産になるわよ」
「だよなぁ〜、個人で所有して良いものか、迷うだろ?」
「それは迷う必要は無いじゃない。所有すれば良いでしょ。誰の持ち物でも無い場所で、自分で穴を掘って見つけたんだから、問題はどの国で売るかよ」
「そんなあっさりで良いのか?」
「良いわよ。というか自分で権利を主張して、ヒールになっても自分のものだと言い張るの。三国の平和のためだって思うんだったら、そのくらいの覚悟がなくてどうするの?」
「そういう風に言われれば、そうだな! 確かに覚悟の問題か。なんか胸のつっかえが取れたよ」
「やっぱりユースケが言うようにスレブね。スレブは貧乏国だから、トンネルが出来ても目の前を行き来する商品を、指をくわえて見ていることしか出来ないの。魔力電池を一番欲しがる国はベイグルでしょ? ベイグルは、その魔力電池を得ることで、また新しい商品を生み出すわ。でも魔力電池をベイグルに提供しちゃうと、それをスレブに買う力はないの。トンネル工事は圧倒的な貿易不均衡を生み出しちゃうのよ」
「うん、すでにスレブの枢機卿も不安を感じているよ」
「スレブの国民には、不満が溜まり、ベイグルやアルバスには傲りが生じるわ。それは、蔑視や差別を生み出してこれまで無かった悪いものを作りだしちゃうの。だからそうならないように、スレブにもお金持ちになってもらうのよ、そうすればお金は一所に溜まらずにグルグルと回り始めるわ。水だって一か所で溜まっていると、腐って魚も住めなくなるでしょ?」
「おっ! 魚と一緒かぁ~」
「ユースケは、アルバス王宮で池を作ったって言ってたけど、何に一番気を使った?」
「確かに、水の流れだな」
「きっとそうよね。あなたも、経済的に無視できない資産家になってるんだから、そろそろそういう事も配慮しながら行動しないとダメよ。人間はお金の流れの中を泳ぐ魚なの」
「ありがとう、相談してよかったよ。でも今日はあまり怒らないんだな」
「まぁ、方向はあってたからね」
「それで、スレブで魔力電池を売る事になったら、ステラのとこに頼んでもいいか?」
「もちろんよ! 他所に回したら怒るわよ。これでうちのスレブでの良い土台が出来るわ」
「じゃぁ、今日はお礼にカニをご馳走するよ」
「カニ? カニを獲りに砂漠に行くの? どうやって獲るの?」
「ん? もちろん釣るんだ」
裕介は、サファイヤラインで編まれた網を取り出した。一つは目の粗いもの、一つは目の細かいミカンの袋のようなもの。
「これで釣るの?」
「うん、この袋状の網に餌を入れて回りに目の粗い網をスカートみたいに巻いて落とすんだ、カニはゴツゴツと出っ張りが多いだろ? この網に身体が引っかかって釣れるって塩梅だな」
「へぇ~、そんな釣りもあるのね」
「日本の海のカニを釣るときはこれでやるんだ」
「この辺りだにゃ」
「着いた? でっ! めっちゃめちゃいるじゃん!」
甲羅の大きさが三十センチくらいのカニが、砂漠の始まりの、砂に芝生のような草が生えた場所に穴を掘って住んでいるのだろう、うじゃうじゃと行き来している。
「これ一匹、五キロくらいはあるぞ!」
「サンドクラブにゃ、魔法は効かないし殻は鉄並みに硬い厄介な魔物にゃ。あのハサミは気を付けないと指くらいは切り落とすにゃ」
「だろうな、こんなのに群れで襲われたらヤバいよな。弱点はあるの?」
「寒さには弱いにゃ、冷えると固まって動かにゃくにゃり、零度で死ぬにゃ」
「じゃあ、爺さん氷魔法だな」
「いや、魔法は効かんのじゃろ?」
「船の生簀に氷を入れて、つまり冷水を作って釣ったカニをそのまま漬ければ、動かなくなるんだろ? それからゆっくり網を解けば問題ないだろ?」
「なるほどの」
ビスタルクは、生簀の蓋を開けて、水と氷の魔法で冷水を作った。しかし初夏の砂漠の端っこだから、あまり長持ちはしないかも知れない。溶ければ、また氷を追加すれば良いだけのことだが。
「じゃあ、やってみるから、みんな一度見てて」
裕介はカニ仕掛けのミカン袋にモスカで買った、魔物の肉を入れ、空中五メートルにホバリングした船から軽く投げた。そのまましばらく待つと、カニが肉につられて集まって来る。ものの五分だ。
裕介はリールに魔力を流して、魔動リールで巻き上げた。網に二匹のカニが絡まっている。
「めっちゃ重い。これは重労働だわ、でも魔法は効かないしな」
「網を持ち上げれば良いのでは無いか?」
「あっ、そうか! その手があったな。じゃあ別に竿は要らないじゃん」
笑いながら裕介は生簀にカニを入れて、しばらく置くとミケネスの言った通りカニは固まったように動かなくなった。裕介は、カニから網を解し外して、再びカニを生簀に入れる。
「ざっと、こんな感じだな。ステラも先生もやってみる?」
「ヤルにゃ!」
「じゃあ、一回だけ」
「二人は空間魔法を使え無いから、力技で頑張ってもらうしか無いな」