182 シーラカンス
結局、五人が折角の機会だから、ここの珍しい生物や鉱物を採取して帰りたいと言うことで、釣りをする裕介、ビスタルク、ミケネスと他の三人に分かれた。
「じゃあ、釣ってみましょう、かなりの魔力を持つ魚がいるはずなんで、ズールみたいな怪物じゃなきゃいいんですが。大きくても一メルほどみたいなんで」
「ワクワクするにゃ!」
ミケネスは釣りをした事が無いので、見ていると言い、ビスタルクと二人でルアーを投げてみる。
無難なところで、七センチほどのフローティングミノーだ。月夜の様に水表面が明るくて、魚に認識され易いだろうと裕介は思ったのだ。
キャストして、トゥイッチを入れながらリトリープしてくる。夜光虫が怪しげに光り蠢く。二人とも反応が無い。
「うーん、色かな? 腹が黒いのに替えてみるか」
月夜などでは、水中から上を見ると白っぽく光る水面には下部が黒のようなダークな色のものが、シルエットをくっきり見せて認識され易いと釣り雑誌で読んだ事がある。
試してみるが、反応が無い。
「そう言えば、ここの生き物はみんな自己発光しているよね。発光しないと生き物として認識しないのだろうか?」
裕介は、いつものように、独り言をブツブツと言っている。釣りを始めると集中してこうなってしまうのだ。
「ミケネスさん、あのキノコの発光体って簡易の塗料とかになるんでしょうか?」
「キノコは難しいかもにゃ。でも、水際にスライムがいるにゃ、水際が光っているにゃは、あのスライムの粘液だと思うにゃ。私も初めて見たにゃ、多分オパールスライムにゃ」
「無害なんですか?」
「スライムにゃからにゃ、毒性のあるスライムは聞いた事がにゃいにゃ。でも食べるとダメにゃ」
「じゃあ、繁殖もさせてみたいので捕まえて帰ります。要りますか? ついでに粘液をルアーに塗ってみましょう」
「是非、欲しいにゃ」
「じゃあ、爺さんちょっと取りに行くよ」
「おう、釣れぬでのう、なんでも試してみる事じゃ」
裕介は岸際に船を寄せ、いつものように石で壺を作ってスライムを入れて封印した。ミケネスにも一つ渡す。
「ありがとうにゃ」
ついでに、別の壺に水を張り、スライムのドロドロした緑色に光る粘液を掬って入れる。
他のスライムと同じように、空気に触れると瞬間接着剤の様に固まるが、発光は維持する様だ。多分、魔力で発光するのだろう。これは繁殖させてトンネルの壁に塗ったら明るくて良いかも知れない。
スライムの粘液をルアーに塗る。蛍光のルアーが出来上がった。
「爺さん、これを使ってみよう」
「お前さんは、本当に面白いことを考えるのう」
「発想が天才的だにゃ!」
「いや、前の世界にも蛍光やケイムラって紫外線で光るルアーや鉤があったんですよ。魚には良いアピールになるんですよ」
湖の中ほどに戻って、早速発光ミノーをキャストしてみる。
ズン!
「フィッシュオン! 一発だ!」
タチウオのような金属的なアタリ。それほど大きくは無い。ビスタルクにも来た様だ。
二人は久しぶりの魚の引きを堪能しながら、船に抜きあげる。
「なんだ?! コリャ? シーラカンス?!」
ゴツい鎧の様な鱗。一体幾つあるんだよと思うヒレ、数えると八枚あった。這い上がって来そうな大きな胸ビレと腹ビレ、雷魚の様な尾鰭。
おまけに、コイツも自己発光している。
「これは面白い魚だにゃ! 食べれるにゃか?」
いや、シーラカンスっぽいからやめておいた方がいいと思います。あっちの世界のシーラカンスは油や尿素なんかが多くて人間が食べると、腹を壊すって言います。
「そうか残念だにゃ。シーラカンスと言うにゃ?」
「いや、俺が元居た世界のこんな魚の名前です。深海魚で海の魚なんですけどね。洞窟の淡水で釣れるとは」
「その世界では、淡水にはいないにゃか?」
「そうですね。タライロンって魚は淡水シーラカンスって呼ばれますが、別の種類の魚です。怪魚には違いありませんがね」
「ユースケさんは、その世界の生物学者だったのかにゃ? 凄く詳しいにゃ」
「いや、ただの釣り好きの高校生ですよ」
「どうしてそんなに詳しいにゃ?」
「あっちの世界は、テレビ、新聞、雑誌、インターネットなんて世界中の情報が共有出来るメディアと言うものが溢れていたんです。情報過多と言うほどに」
「フーン、学者にとっては羨ましい世界だにゃ」
「俺はこっちの世界も、段々と好きになって来ましたけどね」
そうなのだ。裕介はこの世界で妻を娶り、子供作り、友達や身内が出来ていくにつれ、嫌いだったこの世界が段々と好きになっていた。住めば都と言うが、日本に戻りたいと思わなくなった以上に、もう戻りたく無いとさえ思っている。
この世界が裕介の大切なもの、人生の宝物のある場所だからだ。
「で、食べれませんが、魚も持って帰りますか」
「もちろんにゃ!」
「じゃあ、数を釣ってみて種類を増やしましょう」
「魚は減らないかにゃ?」
「これだけ大きな湖ですから、減らないでしょう」
「そうだにゃ」
ビスタルクが気を効かせて、先ほどのシーラカンスを氷漬けにした。裕介は、アイテムボックスにしまう。
「スレブに戻ったら、大学までお持ちしますよ。そっちのスライムも入れときましょう」
「ありがたいにゃ」
少し深みを探ってみようと、裕介はメタルジグにルアーを換えた。もちろん発光塗装済みだ。
落としてシャクっていると、ズンと何かが釣れた。重い。
「これ! この感じ、タコか?! 一応フィッシュオン!」
重いが、竿を折らないようにポンピングで丁寧に上げる。自分で網を出して掬う。
「なんじゃコリャ?! ア、アンモナイト?!」
いや、なんか違う。似ているがアンモナイトは巻貝だ、これもネジネジは入っているが、二枚貝だ。
「アオイガイ?」
アオイガイとは、葵貝と書く、日本ではイカ釣りなどで外道として釣れる事がある、貝と付いているがタコの仲間だ。
「にゃにゃ! これも魚かにゃ?!」
「いや、これはタコです。タコも淡水にいるのかよ」
珍魚だったので、裕介は雑誌で見て調べた事があった。しかし、かなり大きい。
「美味しいのかにゃ?」
「確か、柔らかいタコって感じで美味しいらしいですが、ミケネスさんは食べない方が良いですよ」
「にゃんで?!」
「言いにくいのですが、猫にタコは食べさせちゃいけないんです。ビタミンB1が壊れて欠乏症って重い病気になるんだそうです」
タナゴ好きの同級生の浜内はネコも好きで、彼がそんな話しをしていたのを裕介は思い出した。
「にゃんと! 猫耳族だけが食べちゃいけにゃいのかにゃ?」
ミケネスは既に涙目になっている。
「そうです。人は食べても差し支え無いですが、ネコはダメって食べ物なんです」
「にゃにゃにゃ〜!」
「せっかく魚を釣ってもどれも食べれにゃいにゃ」
ミケネスはしょんぼりしている。学術研究よりも食べること優先する生物学者って、流石はこの世界の食の冒険者だ。
「今度、スレーブル湖で釣ってご馳走しますよ」
「絶対にゃ! 約束にゃ!」