177 花火
「問題は、ブレーキなんですよね。今のままだと停車するまでに二百メルは走ります」
「列車というのは、そう言うものだけどな。急停車したら荷物や乗客が大変なことになるぞ」
「魔力で走るので、居眠りしたら自然に走らなくなりますが、人間は間違いを犯すものです。一本のレールの上を複数の列車が走るわけだから、何かの安全対策が必要かなと」
「そうだな。六十キロで激突したら悲惨な事故になるものな」
運転士は真っ暗なトンネルの中を時速六十キロで列車を運行させるのだ。もし先行の列車が止まっていたら、もし崩落で岩の塊が落ちていたら、走って来た速度でそれに激突し、慣性力を持った後ろの十一トンの積荷に挟まれるのだ。考えただけでも空恐ろしい。
「日本には自動列車制御システムってあったけど、この世界では無理だしな。例えば四十キロ毎に駅を置いて保安員を常駐させて定時毎の駅間の安全を確認するってくらいかな」
「具体的には、どうやるんです?」
「具体的にと言われても詳しくないから、良く分からないが、通過する列車が駅を通過したのを確認して信号を出すとか、列車の通らない時間を作って、安全確認のための列車を走らせて、確認出来るまでは駅で待機する様にするとかかな?」
「なるほど、次の駅までの安全を確認したら、通っても良いよって連絡するんですね」
「まぁ、絶対安全ってわけじゃ無いけどな」
「でも、この世界では警護を付け無ければ、ほぼ確実に野盗や魔物に襲われて、命も積荷も奪われますから、かなり安全だと言えますよ」
裕介の思う安全は、日本をベースにした安全であり、マカロンやレアの思う安全とは大きく違う。現地人の感覚としては、この程度でも充分安全基準を満たしているようだ。
「まぁ、今はこのくらいにしておいて、工事を進めながら少しでも安全になるように、一緒に考えよう」
「そうですね」
「じゃあ、ロン王にも許可をもらったから、明日から鉄道の試験路線の工事にかかろうか」
「ハイ、よろしくお願いします」
裕介達は、カダラ灯台からモスカまで全長二十キロほどの鉄道の試験路線の工事許可を王にもらっていた。ここで、工事の方法や貨車の性能などをテストしながら、設計に活かすつもりなのだ。
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「カキヌマさん、お前さんも黒龍由来の魔力じゃのう。ユースケやセフィアさんと言い一体黒龍はベイグルで何をしていたんじゃろう?」
「黒龍なんて見たことも無いから、そう言われてもさっぱりわからないけどな。ベイグルの魔導士達は、黒龍を召喚しようとして、何かの間違いで俺たちを召喚してしまったらしい。確かに召喚された時にいた池は、龍黒池って池だったけど、関係ないだろ?」
柿沼はビスタルクの疑問に知っている事を答えた。
「わしも黒龍なんてのは、伝説の生き物じゃと思うておった。しかし、勇者や賢者が現れた事と言い、お前さん達の魔力は、各地に残った黒龍の魔力と似ておるのでのう、黒龍由来の魔力だと思って間違いないと思うがの」
「まぁ、黒龍かどうかは別にして、せっかく春までここにいるんだ。爺さん俺にも、魔法の修行をつけちゃくれないだろうか?」
「おっ、弟子志願かの?」
「まぁ、それでもいいんだが、ゆっくりと弟子修行をしているほど、俺も暇じゃないんでね。すまん、ここにいる間だけになるな」
「まぁ、いいぞ。お前さんも裕介と同じ底無し魔力の持ち主だからの。教えがいがある」
「こっちに都合のいい事ばかり言って、すまねぇな」
「かまやせんよ。誰かに伝えると言うのが、ワシの最後の仕事じゃろうからの」
こうして、裕介とマカロン達は鉄道の試験路線の作成。柿沼はビスタルクと魔法の修行を行ない、更に三ヶ月が過ぎた。
リーズは伝い歩きをするようになり、島のみんなは、リーズが喋った。自分で立った、数歩歩んだとリーズの成長の一つ一つに一喜一憂し、柿沼の息子レイトもこの島では、虫や魚を取ったり野うさぎを追ったり次第に活発に動くようになってきた。
三月を過ぎると、そろそろエスパールや柿沼はベイグルに戻る時期になり、裕介は忙しい中、柿沼の頼みで馬車をミセスセフィアの様に飛ぶように改造させられた。柿沼の魔力で飛ばして帰るつもりらしい。
ドアーフのミルト達も既に到着して試験路線の工事やテストを手伝っている。
「じゃぁ、そろそろ工事に着工だな。柿沼さんたちも着工を見届けないと帰れないだろうから」
「しばらくの間、スレブですね」
「すまない、そうなるな。ここで、リーズと待っててくれ。リーズをよろしく頼む」
「はい。でも私が必要ならいつでも呼んでください」
「おう! 穴を掘るだけだからな。たぶんセフィアの出番はないと思うけど、面白いものでも出てきたらリーズと一緒にくればいいさ」
「着工の前に記念式典をするそうだ。柿沼さんがビスタルクの爺さんに魔法を習ったから火魔法の花火で前夜祭を盛り上げるって言ってた」
「そうなんですか?」
「あぁ、今夜はその予行演習がてらに、この島で花火を打ち上げてくれるらしいぞ。馬車改造のお礼らしい。あのアザラシの浜で話したことがあったよな。日本では夏の週末になると、どこかで花火大会があるって」
「そう言われてましたね。二人で小さい花火をした時のことですね」
「あぁ、今夜は柿沼さんがでかい花火を上げてくれるって」
「じゃあ、上げるぞ〜!」
日が暮れて未だ寒い外、湖の見える浜に島のみんなが集まってファンヒーターで暖をとっている。
柿沼はレイト君と水際で手を空に掲げて、セフィアが魔法陣で使う爆裂魔法に似た火魔法を、空に向かって次々と打ち上げた。
ドーン ドーン
パラパラパラ
二百メートルほど空中だろうか、満天の星が美しく輝く春先の夜空に音も無く上がった、柿沼の火魔法が炸裂する。
火魔法は爆裂の大きさも火の色も自由に扱えるようで、まるで電光のイルミネーションだ。底無しの火の勇者の魔力で次々と打ち上がる。爆裂する時の大きな音は響くので、リーズが怖がるかと思ったが興味を持っているようで、セフィア譲りの緑の瞳を大きく見開き、そこに夜空で輝く花火が写っている。
「綺麗ですね。これが花火ですか」
「たまや〜!」
裕介が頑張る柿沼に声援代わりに、掛け声を掛ける。
「なんですか?」
セフィアが聞く。
「昔の日本の花火を打ち上げる店が、玉屋と鍵屋だったんだ。だから、花火の時は、『たまや』『かぎや』と叫んで応援するんだ」
「そうですか」
「たまや〜」
「かぎや〜」
「タ・マヤ…」
「おっ、リーズもたまやを覚えたか?」
リーズが空に向かって手を伸ばしている。
バチバチバチ!
空中で爆裂していた花火が、連鎖爆発するように空一面に炸裂した。辺りが昼間のように明るくなる。
「おぉぉ〜 一同から溜め息が漏れる」
「だっ、誰だ! 手を加えたやつは!」
これがエンディングなのかと思っていたら、違うらしい、柿沼が怒っている。
「リーズ、またお手伝いしたのですか? 危ないからダメですよ!」
「タマヤ」
「そうか、リーズか。火魔法も使えるのか」
エンディングらしく派手に終わったし、柿沼はビスタルクが犯人だと思って詰め寄っている。ここは、爺さんに罪を被ってもらおうと、裕介とセフィアは、すごすごと家に入った。