176 恋バナ
「ところでトンネルの経路や、高低差はどうするんです?」
「それは、俺と海野さんが測量済みだ」
「海野さん?」
「ああ、忘れたか? 海野さんなら鳥の目が使えるから、中央山脈も一っ飛びだろう?」
「そうか、その手がありましたね」
「これが、その図面と地図だ」
柿沼は、初めてトンネルの図面を出して見せた。
詳細に山の等高線とスレブとベイグルの位置が描かれた地図だ。トンネルの予定経路も描かれている。これによるとスレブのサルサバドルから真北に掘ると、この辺りでは中央山脈の幅が一番狭くなっている箇所になり、ゲルトの真南でサブル川の東側つまりはピルブ村の東二百キロくらいのところに抜けるらしい。
高低差は、サルサバドルとピルブ村ではほぼ無く、掘るトンネルは約二百キロだ。裕介がなんとはなく思っていた土地勘は、ほぼ正しかったようだ。
これを見せられると、この計画に無駄が無いことが良く分かる。
時速六十キロで列車が走れば、三時間半でトンネルを抜ける事になり、一般人の魔力で運行できる八時間だと、往復可能な所要時間で無理はない。
マカロン君の話しによれば、鉄道では車輪の摩擦力が氷並みに低いため、一人の魔力で引っ張る機関車で、なんと十一トンもの貨物をその速度で運ぶ事が可能なのだそうだ。
ベイグルがアルバスとスレブを説得して国交を開いたのも納得がいく。セフィアと裕介が考えた魔動モーターは、今更ながらに画期的なものだったと言える。
計画は、複線の線路で途中に遅い貨物を追い越すための待避所が設けてあり、ポイントの切り替えは魔動モーターで列車を運行させながら行うらしい。
それとは別に、トンネル内での崩落事故などに備えて、二箇所の引き込み線を設けて車両の待避と折り返し場所を作っている。
「長いトンネルだから、何が起こるかわからないものな」
この鉄道は、『中央山脈横断鉄道ベイグルスレブ線』と名付けられたそうだ。まさか、ベイグルオスタール線なんて計画が、後々出てくるんじゃ無いでしょうね。と裕介が言うと、エスパールと柿沼が、ふふふと黒い笑みを浮かべていた。
裕介は、夕食にマカロンとレアを招待した。
「まぁ、マカロン君、レア君せっかく来たのだから、しばらくゆっくりしろよ」
「良いところですね」
「そうだろ? 子育てと釣りには良い場所だぞ。柿沼さんみたいにアリサも連れてくれば良かったのに」
「アリサは、お義父さんと孤児院の子供の世話がありますからね」
「ところで、どういう馴れ初めでそうなったんだよ? 戦後もそんなそぶりも無かったじゃないか」
「俺もまさかこうなるとは、思ってもみなかったですよ」
「だよな」
「アミルですよ。アイツにハメられたって言うか、取りもたれたって言うか」
「へぇ〜! アミル君が?!」
恋バナになると、リーズを寝かせたセフィアが入って来た。
「最初は、グレッグ孤児院のユースケさんの代わりの講師が必要だってんで、頼まれたんですよ。自分でやりゃぁ良いのにと思ってたんですがね」
「ほんとね」
「そのうち、晩飯を食って行けって話しになってね。アイツら独立してからも孤児院でメシ食ってるんですよ。アリサママの飯が一番美味いんだってね」
「アラアラ、そうだったの?」
「であの日、食後にアミルがグレッグ研究所で作った新しい酒だって、自分は未だ飲めないから大人で飲んでくれって出して来たんですよ」
「酒も作っているのか?」
「初めて作ったらしいですが、飲みやすくて美味い酒だったんです。つい俺もアリサも飲み過ぎちゃって」
「えっ?! ひょっとしてお酒の上での失敗?!」
「そう言われれば、そうなんですが。あの酒、何かおかしかったんですよ。魔力が激ってムラムラしちゃうって感じで、ドリスさん夫妻はさっさと部屋に戻っちゃうし、アリサと二人っきりで… 正気に返ったら朝でした」
「なんの酒だったんだ?」
「確か、スッポン酒って言ってました」
「プッ! ウプププ!」
セフィアが堪らず笑い出した。
「スッポンかぁ〜! そりゃぁやられたな。そりゃぁ、独身の男女が二人でスッポン酒飲んだら、そうなるかもな」
「ユースケさん、知っているんですか? スッポンって何です?」
「亀だよ」
「カ・メ…?!」
「パイロン川の南の方にいる亀だよ。俺とセフィアも食べてな、魔力が漲り過ぎて眠れないし大変だったんだ。アレを食うと山の一つや二つ平地に変えれそうな気がするものな。アレを酒でなぁ〜 ブハハハ!」
「プププ! 魔力回復薬として売れそうだって言ってたんですよ。きっとカレンさんがお酒に浸けて、魔力回復ポーションとして持って言ったんでしょうね」
「ブハハハ! アミルがもらって実験台にしたんだな。やられたな、いや、おめでとう!」
「アミルめぇ〜!」
「いや、でも良かったじゃないか。幸せなんだろ?」
「ええ、まぁ。お互い忙しいですけど、アリサは優しいし、美人ですからね」
「アミルキューピッドだな」
「実のところ、そうなってもアリサは二の足を踏んでたのですが、アミルがずいぶん後押しをしてくれたようです。そんな事もあって、アリサは結婚する気になったみたいですね」
「良かったわねぇ〜」
「ええ、ありがとうございます」
「レア君はどうなんだ?」
「俺ですか?!」
そこまで黙って聞いていたレアが、突然振られて慌てる。
「意中の女性とか、決まった女性はいないのか?」
「いることはいるんですけど、年上の女性なんですよね」
「この島に住んでるビスタルクとグィネヴィアなんて奥さんが百五十歳年上だぞ」
「マジで?!」
「うん、奥さんはエルフだから若く見えるけど二百五十歳らしい」
「エルフかぁ〜 良いですねぇ〜!」
「レア君は、熟女好きなのか?」
「いや、そう言うわけじゃ無いですよ。五歳ほど年上ですかね」
「それじゃ、全く問題ないじゃないか!」
「でも、この工事の間にすれ違っちゃうと言うか、帰ったら多分、もう居ません」
「外国人なのか?」
「ええ」
「…! ひょっとして、カレンさんじゃ?!」
「えっ、えぇぇ〜?! なんで分かるんです?!」
「いえ、当てずっぽうよ。ベイグルにいる外国人の知り合いなんて彼女くらいしかいないから」
「そうか、レア君は国際結婚かぁ〜」
「いや、未だ気持ちも伝えていないですよ」
「じゃあ、良いこと教えてやろう。柿沼さんにヘラ釣りを教えてもらえ。カレンさんなら、先ずヘラを釣る事から始めなくちゃ」
「そうですよね。ヘラ釣り出来なけりゃ、彼女の大切にしているものも理解出来ませんものね」
「そうなんですか?! じゃあ、覚えます!」
「がんばれよ!」