174 メスカリ・テルマーレス
しばらくして、ベイグルとアルバスの国交交渉は事務方の詰めに入り、エスパールが出向いてアルバス王宮で調印式が執り行われた。こうして、ベイグルとアルバスの友好条約が成立した。
アペリスコにベイグル大使館が出来て、ベイグルの大使としてエスパールの部下のシルベルトが滞在する事になった。裕介は名誉国民だし、ステラは元々多国籍企業のようなものだから、大使館が出来たと言ってもあまり恩恵は無い。
裕介と柿沼は、次はスレブに向かった。
「なんだありゃ?」
「あれが、ペンテコステの丘のメスカリ像ですよ」
「アレをお前が作ったのか? 日本によくある巨大観音像みたいじゃ無いか」
「言われてみるとそうですね。俺はリオのコルドバードの丘のイメージだったんですがね」
裕介が来たと言う事で、数人の枢機卿との会談が持たれ、既にアルバスとの友好条約まで成立した事を受けてか、実にスムーズに事が運んだ。
ヘイズ枢機卿から相談があるのだと持ちかけられ、柿沼は部下と観光に出かけ裕介一人で話しを聞く。
「ベイグルからのトンネル工事の計画は素晴らしい話しなのですが、我が国はごらんの通り質素な国です。輸入するお金も無ければ売るものもありません。何か良い案は無いものでしょうか?」
「女神像を作った白大理石があるじゃ無いですか」
「あんな重いものをですか?」
「白大理石は建築素材としては、非常に加工しやすく高価な素材だとご存知ないのですか?」
「ただの山から採れる石ですから」
「あの石は売れるのですよ」
「そうなのですか?」
「このくらいのタイルで、日本では銀貨一枚です。鉄道の貨車一台で金貨十枚くらいにはなるんじゃないでしょうかね」
「それほどに?!」
「あとは… そうだな、聖地なのだから観光を売り物にしてはどうですか? 立派なホテルを作って、スレーブル湖の北湖で獲れる魚料理でも出して。お土産物を売って。観光客を誘致するんです。そうだ、温泉があれば最高なんですがね、なんなら試しに掘ってみましょうか?」
「温泉ですか?」
「我々日本人は大好きな、暖かいお湯での沐浴です。古傷とかにも効くので、我々が発見した温泉でフレーブは街を作ったぐらいですよ」
「掘ったら出るものなのですか?」
山の向こう側で出ているので、こちらでも十ペクトも掘れば出て来るんじゃ無いでしょうか?」
「十ペクトですか?!」
「私が掘るのであれば、瞬殺ですよ。なんせ二千五百ペクトのトンネルを、これから掘ろうとしているのですから」
「おぉ、女神メスカリよ〜! 感謝します。是非ともお願いします」
「では、川の側が良いですね。硫黄の匂いがする様な場所なら言う事が無いです」
「なら打って付けの場所があります」
「じゃぁ、明日、試掘してみましょう」
ヘイズ卿に案内されたのは、スレブでも一番西の奥まった山脈の角地だった。この西の山脈の裏側がオスタールのドラドを釣った湿地なのだろう。
川は西の山脈側を畝って針葉樹の森を抜け、大きく東に迂回してスレーブル湖北湖へと繋がっている。
「こんな川があったんだ」
候補地は、西の死地と呼ばれる、低木と岩だけの荒地だった。確かに仄かな硫黄の匂いがする。
もう温泉が出ているのでは? と裕介は川の水に手を入れてみる。少し暖かい。やはり、掘らなくてももう出てるじゃ無いか。
「この地は、真冬でも凍てつかない場所なのです。岩だらけですし、少し臭いので誰も住みたがらず、荒地になっています」
「ピッタリって言うか、もう既に温泉が出ているじゃないですか」
「そうなのか?」
一緒について来た柿沼が、興味深げに聞く。
「だって、川の水が暖かいですもん」
「どれ?」
柿沼も川に手を入れてみる。
「本当だ、こりゃ温泉だな」
「奥まで行ってみましょう」
三人は、ミセスセフィアで宙に浮かんで奥に進む。
「こ、これは! キングオブ観光地ですね!」
死化粧の様な白い山肌に、段々畑の様に温泉で出来た浅い池が続いている。池の縁は湯の花みたいなものの生成物で縁取りが出来、まるでトルコのヒエラポリス・パムッカレだ。
「こんなことになっていたとは! 全く知りませんでした」
「多分、この池全部が温泉ですよ」
白大理石の主成分は炭酸カルシウムだ。変成作用を受けたものが白大理石になるが、基本は石灰岩だ。スレブを取り囲む山々は石灰岩なのだろう。探せば鍾乳洞もあるかもしれない。
山の上から二酸化炭素を含んだ水が、地熱によって温泉となり、鍾乳洞と同じ理屈で石灰棚を形成したのだろう。これこそ聖地では無いか!
石灰棚の一番下で温度をみてみる。温泉としては少し温いが、まあいいんじゃ無いか?
「裕介、ここにプールの様にでっかいお風呂を作ろうぜ」
「いいですね。ここだと景観も損ねないし、みんなが入る温泉プールとしては最適じゃ無いですか?」
とりあえず裕介は、四畳半ほどの露天風呂を作った。
「入ってみましょう」
裕介と柿沼はさっさと裸になる。
「コリャいいわぁ〜」
少し露天風呂にしては温いが、久しぶりの温泉だ。
「ヘイズ卿も、入ってみてください」
「いや、聖職者として人前で裸になるなどと言う事は」
「何、言ってんすか? これこそ、女神メスカリの恵みですよ」
「メスカリの?!」
「そりゃぁそうでしょ、こんなに都合良く温泉が見つかるなんてあり得ませんよ。しかも、ここにホテル街を作れば、スレブに人が呼べて外貨を稼ぐ最高のチャンスじゃありませんか!」
それを聞いて、ヘイズ卿の心が動く。
「あぁ、女神メスカリよ、感謝します!」
ヘイズ卿は、ゴソゴソと丁寧に法衣を脱ぎきちんと畳み置いて、温泉へと足を入れた。
「おっ、おおおぉ〜 メスカリ〜!」
「メスカリ〜!」
この温泉は以降『メスカリ・テルマーレス』と呼ばれる様になり、入った者はみんな「メスカリ〜!」と叫ぶ風習が出来た。