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異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第四章 湖の家
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173 ヘラ釣り勝負

「こいつぁ、とんだ事になったな。まさかアルバス王とヘラ釣り勝負とは」

「ですね。ロン王は、おちゃめですからね。暇を持て余してるんですよ」

 こっそりそんな事を話しながら、王の後について裕介と柿沼は中庭のヘラ池にやってきた。


「なんだ、こりゃ?! よくもまぁ、こんな物を作ったなぁ〜」

「なかなか、良い池でしょう?」

「うん、出来過ぎだ。あの浅瀬で自然繁殖させるつもりだな。屋根もあって雨が降っても釣れるし、水の色も良い感じだ」


 王がヘラ池に姿を現すと、先に釣っていた人達が立ち上がって跪いた。

「良い良い。今日はベイグルからの客人が来た。カキヌマだ。なんと彼は、日本からの転移者で、本場のヘラ釣り師だ。今から余とヘラ釣り勝負を行う。我と思うものは名乗りを上げよ。ヘラ釣り大会じゃ。臆するものは、今日は控えよ!」


 王にそう言われて、道具を片付ける者と王の前に出て名乗る者の二つに分かれた。

「通商大臣のハバカルにございます。是非末席にお加えください」

「許す!」

「兵士長のライザップです。勝負とあれば是非、私も!」

「許す!」

 こうして、王と柿沼を入れて七人での釣り大会となった。裕介は成り行き上、今回は判定員となった。この池を作った裕介には誰も逆らわない。ピクルスが補助を申し出てくれる。


「では、一時開始で、三時まで、二時間の総匹数勝負とします。ヘラブナ以外はフラシに入れないで下さい。入っていた場合は失格とします」

「厳しいな」

「勝負ですから、もちろんです! 昼寝してる間はありませんよ。餌は自由とします。鉤はスレ鉤で二本まで。当然、竿は各自一本ですが、途中で竿の交換は自由です」


「では、クジで釣り座を決めます。数字の少ない人から釣り座を決めて下さい」

「おぉ、公平じゃの。そうでなくては面白くない!」

 王は公平に扱われることが、ことのほか嬉しそうだ。ロン王の良いところだと、裕介は思う。

 実際には、この異世界で初めて、この釣り池も初めての柿沼が一番不利なのだが、国交交渉中の客人の柿沼にそんな文句は言えるハズもない。

『なるようになれ!』

 と柿沼は男らしく、腹をくくっていた。


 クジで柿沼は三番手、桟橋の一番端を釣座に選ぶ、四番手のロン王は、柿沼の隣に入った。

 さぁ、裕介が合図を鳴らし勝負開始だ。

 本当に柿沼はヘラ釣りが出来るのだろうか? これまで柿沼が釣りの話しをしたのを聞いた事が無いが、一番不安を感じているのは裕介かも知れない。


「柿沼さん、餌はどうしたんですか?」

「昨日、作って来たぞ。バラケにグルテンとマッシュポテト、クワセにウドンだな。とりあえず、両ダンゴで魚を寄せるわ。暖かいからタナは浅ダナだな」

 裕介もなんとなくしか分からない、ヘラ釣り専門用語だ。餌もちゃんと作って来たらしい。


 打ち込みと打ち返しが早い。パンパン打ち込み、ウキの動きで水中の様子を探りながら、餌のバラケ具合を確かめている。

 その一つ一つの動作がキビキビしていて、一連の動作に無駄が無く美しいのだ。これを見ただけで、相当やってるんだと裕介は思った。

 同じ事をロン王や、周りの者達も思った。流石は、本場のヘラ釣り師だと静かに見入る。


 開始僅か十分で、完全なるアウエイだったヘラ池は、未だ一匹も釣らずに柿沼のフィールドに変わった。それほど、柿沼を中心にした半径三メートルは別次元の釣りだったのだ。

「すげぇ〜」


「うーん、食いが悪いな。セット釣りに変えるわ」

 柿沼は仕掛けと餌を変更して、ウキ下も下げながらそう言った。


 最初の両ダンゴは、水に溶け易い餌でダンゴを作り、ハリスと言う鉤を結ぶ細いラインを長めに取る。二本の鉤の深さの差は五センチほどと狭い。ダンゴが水に溶けて魚を寄せるのだが、夏場などで食いが良いと、この餌でもバクバク食べる。

 セット釣りは、冬場など魚の食いが悪い時に用いる。ハリスは極めて短く、上の鉤にバラケ餌を、

下の鉤に餌持ちの良い食わせ餌を用いる。両鉤の深さの違いは、両ダンゴに比べると長めだ。


 柿沼は初めての釣り場で日本のセオリーが通用するかどうかを探りながら、夏と冬の間のこの季節の今日がどの状態にあるかを確かめていた。

 スッと柿沼のウキが沈む。間髪を入れず柿沼は合わせを入れ、掛かったヘラに空気を吸わせてタモ網で掬い、釣ったヘラブナの状態を確かめている。


 たぶん、釣った一匹のヘラブナから多くの情報を得ているのだ。それは、裕介も同じなので柿沼のやっている事がわかった。それよりも、そこまでの所作が兎に角スムーズで美しいのだ。

「ふむ」

 柿沼がどういう情報を得たのかは分からない。しかし、ここから柿沼の入れ食いが始まった。


「ヨシ!」

 柿沼の快進撃は止まらない。

 もうロン王も他の釣り人も戦意を喪失したと言うよりは、観戦者と同様に見惚れている。

 裕介は亜湖のフライフィッシングの優雅さに見惚れた事がある。今また柿沼のヘラ釣りの華麗さに見惚れていた。


 釣りは色々な楽しみ方がある。こうして無駄を削ぎ落とし、完成したものが華麗に見えるほど突き詰めた釣り。自然を愛し、自然と一体化してそれを楽しむ釣り。勝負にこだわる釣り。友人と和気藹々と楽しい一時を過ごす釣り。大物や怪魚を追い求め、その為には秘境に入ることも厭わぬ釣り。食べる事を楽しむ釣り。ひたすら数を追い求める釣り。

 十人の釣り人がいれば、十種の釣りがあり、楽しみ方も千差万別だ。だから釣りは面白い。


 裕介はそんな事を思いながら、柿沼の釣りを眺めていた。予定時刻になった。もう、検量する必要も無い、柿沼の優勝は確定だが、この池のレコードもあるので数を数えた。二時間で二十五匹。多分、この池を作って以来の釣果だろう。


「カキヌマ! 素晴らしかったのう。なんというかそちの釣りは、見惚れるほどの美しさがある。最早、あれは芸術じゃ」

「裕介から借りた、この国で作られたと言う、この道具が素晴らしかったのです。にも関わらず格別なお言葉、身にあまる光栄です」

「いや、ああいう釣りの為に、この池も道具も作られたのだと確信した。是非、今夜は食事を一緒にしたい! 釣り談義で酒でも酌み交わそうぞ」

「謹んでお受けいたします」


 どうやら、柿沼の接待フィッシングは功を成したようだ。

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