17 命令
表門裏の広場で、今年の新兵の着任式が執り行われ、俺たちは正式な軍人になった。
ミステイクは着任式の後、グレッグ少尉も含め六人まとめて連隊長に呼ばれる。
「この、望遠鏡という道具は素晴らしいな。軍の装備として量産したいのだが、作り方を教えてもらえぬか?」
「それは、自分が土の勇者の魔法で作りました」
「では、土の勇者にしか作れぬと?」
「いや、それは違います。一般的な作り方を教えることは出来ますが、材料がどこで手に入るのかが、転生者である我々では分かりません」
と亜湖さんが横からフォローしてくれる。
「ほう、それを見つけ出せば、作れると?」
「はい、特別な材料ではありません。前の世界では割とありふれた材料で作れました」
「ならば、後で工作部隊のチームを呼ぶから、指導してくれ」
「承知いたしました」
ガラスが量産できるようになれば便利だと思うし、ここは亜湖さんに任せておこう。
「キミ達を呼んだのは、このことではない。初任務についてだ」
「ここと、第三連隊のいるリンゲの間に密貿易の組織があり、人民の売買が横行しているとの情報を掴んだ。それをミステイク六名他十名の兵士を率いて殲滅せよ」
「ミステイク、任務を了解いたしました!!」
「クック… 初任務としては、厳しいぞ。覚悟してかかるように、詳細については海野大尉に説明するから、海野大尉と亜湖中尉を除いて、他の者は解散!」
「アイアイサー!!」
俺たちは、連隊長室を後にした。初任務が密貿易組織の殲滅とは、フレーブと戦うばかりが軍隊では無かったんだな。それにしても、いつの間にかアリサもミステイクの一員になっていた。
「最初から密貿易組織の殲滅とは厳しいですね」
アリサが言う。
「そうなのか?」
「元々、フレーブの人民を拉致してきてベイグルで売っていた盗賊団だったのですよ」
拉致と聞いて、俺は直ぐにでも殲滅してやろうという気持ちになる。
「それがいつの間にかベイグルを逃れたい人たちを、お金を取ってフレーブに逃すようになり、密貿易を始めたそうです」
「これまでも三度、部隊が捜索に出ましたが、全滅しています」
「マジかぁ~⁈」
「結局のところ、連隊長は私たちのことは、まだ信用していないのでしょうね。勇者というのが大したことなくて全滅してもよし、もし本物で組織を殲滅できれば儲けもの。それにベイグルには何のしがらみがない我々がフレーブに逃れる可能性だってある。その時は、始末するために兵士を付けるんでしょうね。ひょっとすると組織もグルかも知れません」
池宮さんがいつになく多弁だ。アリサは、そこまで考えていなかったのか少し青ざめている。
「まっ、そんなところだろうな。中佐って言われて、気前がいいなと思ったんだ」
柿沼さんも、池宮さんの意見に同意する。
「だから、グレッグ少尉もミステイクに入れられたが、注意しろよ。お前も既に切り捨てられている可能性だってあるぞ」
アリサは暗い顔になってしまった。純真そうだからな可哀そうに。
「私の家系は、前王タスクル王の系譜なんです」
アリサは暗い顔でポツリと告白し始めた。
アリサの話しによると、こうだ。
グレッグ家は、前王タスクルの遠縁にあたる貴族なんだそうだ。クーデターの時は徹底的に中立を守り、血の出る思いで親戚縁者が粛清されていくのを看取ったらしい。それで、グレッグ家は粛清の対象から外れたそうだが、新ベイグル国王アブサル・フォン・ゲルトはそれでも信用せず、ネチネチとグレッグ家に無理難題を押し付けたらしい。アリサの兄三人は既に戦死しており、母も息子たちが次々と逝くのを悲しんで病に倒れ亡くなったという。父はなんとか存命だが、ベイグルに恭順を示すために、とうとう末娘のアリサを軍人にしたというわけだ。
だから、アリサは必要以上に軍人らしくありたいと思ったそうで、昨日の名前の呼び方にすら拘ったのは、そういう経緯らしい。
そんな重いものをこの十七歳の娘が背負っていたとは、俺は思いもしなかった。壊れた母の形見の腕輪を大切にしていたわけだ。
「まぁ、あれだ。グレッグ少尉… アリサは、ミステイクに入れてラッキーだったぜ」
柿沼さんが口を開く。
「そんな密貿易組織だかなんだか知らないが、俺たちにかかれば炭も残さず、灰にしてやる」
「そうそう、海野さんに言わせりゃ、あの昼間見たルルドでさえ、俺たち五人で一日で落とすって言うんだからな」
「そうですよ。私の娘くらいの年の娘がそんな暗い顔をしてはいけません。美味しい物を食べて笑ってなさい」
一度もまだ戦闘経験のない俺たちが言っても、どれほどの説得力があるのか分からなかったが、こうして、アリサはミステイクの一員になった。