169 大統領親書
エスパール伯と柿沼達ベイグル使節団一行が、大量のお土産と共にペルテ島にやって来た。
積もる話しもあるだろうと、セフィアとリーズは両親と、裕介は柿沼達と応対している。
柿沼とヒルトンの子供は、レイトと言うらしく、どちらに似たのか聡明そうな可愛いらしい子だった。
「ぜーったい、ママ似でしょう?」
「なんでだよ、眉尻とかソリとか、俺似だろう?」
「ソリって… だって、賢そうですもん!」
「裕介〜! 今、俺の事をバカだと言ったな?!」
「言ってません! 賢そうな息子さんだって言ったんです!」
「死刑だ!」
「で、なんで柿沼さんも、わざわざ来てくれたんすか?」
「おう、大統領の親書を持って来たんだ。まっ、新婚旅行がてらだけどな」
「できちゃった婚だったみたいっすもんね」
「授かり婚と言ってくれ!」
「で、親書ってなんすか?」
「おう、一応親書だかんな。大統領主席補佐官が手渡ししないとな。切手貼って、送るわけにもいかんだろ?」
「なんだか、物凄く嫌な予感がするんすけど」
「ビンゴ!」
「簡単に言うと、穴を掘って欲しいってこった」
「またですかぁ〜?」
裕介は、親書を開いてみる。日本語で書かれた海野さんの綺麗な字が並んでいる。
裕介君、元気にやってるようだね。
今回は、お願いがあって柿沼さんに行ってもらった。知っての通りベイグルには冬季に使える港が無い。輸出入を、フレーブとオスタールを通じて行っている。
最近は、工業製品が充実して来ており、大々的な輸出のチャンスなのだが、この二国のみを通じて貿易を行っていると、この二国ばかりを太らせることになり、ベイグルとしては売れば売るほど、買えば買うほど、この二国に美味しいところを持って行かれてしまう。
これは、前王アブサルも頭を痛めていた問題だ。
そこで私は、アルバス、スレブとも国交を開き直接貿易を行いたいと考えている。
その方法として、中央山脈にトンネルを開通させ、鉄道による直接的な国交に思い当たった。
君が政治に興味が無いことはよく分かっている。しかし、これは経済の問題であり、今やベイグルの経済界において大きな影響力を持つ、君の問題でもある。
どうか、君の力を貸してはもらえないだろうか?
親愛なる君の、前向きな判断を期待する。
ベイグル共和国大統領
海野 彰
「トンネル掘れって、ベイグルまで二百キロはありますよ!」
裕介は手紙を持ったまま、驚く。
「そうだな。でもお前なら一日一キロ掘り進んで、線路を付けることが出来るだろう?」
「そりゃぁ、出来ますけど。それでも二百日仕事です」
「そうだ、言い換えれば、お前ならたった二百日で出来るんだ。青函トンネルを掘るのに二十七年かかったんだぞ」
「イヤ、それは問題のすり替えでしょう?」
「ははは、確かに。俺が掘るわけじゃ無いからな。実はこの計画の発案は、お前の親父さん、エスパール伯なんだぞ」
「まさか、お義父さん。孫会いたさに思いついたとか?!」
「ははは、それもあるかも知れないが、元々、大陸鉄道のアイデアは、お前が彼に教えたって言うじゃないか?!」
「あっ!」
裕介は、思い出した。
あれはエルベ村での大名釣りの時だった、魔動船外機に驚いた父に確かそんな話しをした。
口は災いの元とは良く言ったものだ。あの軽い会話で裕介は、大陸縦断鉄道工事を引き受け無ければならない事になってしまった。
この話が出てきた時点で、もう詰んでいる。
ベイグルからは、絹や樹脂製品、バイクやガラス、ゴムと言った工業製品が、アルバスからは、豊富な穀物、香辛料が、スレブにはあの石材と聖地がある。
誰も損をせず、みんなが豊かになれる素晴らしいアイデアだ。しかも自分はベイグル国民であり、アルバス、スレブ共に主導者に恩を売っている名誉国民だ。裕介が工事をすると言って誰が反対する?
と言うより三国が口を揃えて「やってくれ」と言うに決まっている。
「あぁぁ、二百日かぁ〜!」
裕介は頭を抱え込んだ。
「どのみち、リーズちゃんが大きくなるまでは、お前もここから動けないじゃないか」
柿沼はそんなことを言う。
「くっそぉ、ベイグル政府は、それも計算済みかぁ〜!」
「良いじゃんかよ。工事が終われば、また釣りに行きゃぁ、はっはっは」
「カキヌマさん〜」
「わはは、俺たちゃお前が工事に取り掛かるまで、帰らないぞ。そう言われている」
「えぇぇ〜!」
「今回のミッションは、オスタールでもアルバスでもスレブでもなく、お前が一番難題だったんだ。だから、俺が来た。諦めろ!」
「クッソォ〜!」
部屋のドアをエスパール伯が心配そうな顔をして、開けて入って来た。
「どうかな? 婿殿はやってくれそうかな?」
「大丈夫ですよ。裕介ならやってくれますよ」
「そうか! それは良かった。すまん、裕介君!」
「あぁ、やりましょう! こことゲルトを四時間で繋ぐ鉄道を敷いてみせますとも!」
「怒っておるのか?」
「いや、あまりに理詰めでねじ伏せられたので、悔しいだけです。しかも柿沼さんに!」
「わはは、俺だって一応政治家だからな。お前が大物を釣ってる間、遊んでいたわけじゃ無い」
そう言われてみれば、確かにそうだ。
中身はミステイクの柿沼さんのまんまだが、今日は、いっぱい食わされた。負けを認めて、前向きに工事しよう。
「で、まさかタダって訳じゃないんですよね」
「もちろんだ。川原技研が保有する知的所有権の夫婦生涯保証だ。普通は十五年で失効するだろ?」
「それは魅力だ、もし俺が死んでもセフィアに支払われるんですね」
「そう言うことだ。莫大な金額だぞ」
「ですね。絹だけでも、金貨二万枚は下らないでしょう」
「しかも、ベイグル政府は、命令だけで全く懐は痛まない。使用料を払う人達は少なかれ、トンネルの恩恵を受けることになる」
「考えましたね。分かりました、引き受けましょう!」