166 ペンテコステの丘
「そうだな、像の高さ二十メルでどうだろう?」
「にっ、二十メル?!」
ヘイズ枢機卿が、素っ頓狂な声を上げる。
「街を見下ろすんなら、そのくらいの高さが無いと、下からは頭しか見えないぞ。台座も入れて三十メル近くはあった方がいいんじゃないか?」
「そんな大きなものが作れるのなら、是非お願いしたいですが、何年もかけてというわけには参りません」
「それは大丈夫ですよ。材料が近くにこれだけ有れば、四日もかからないと思いますよ」
「へっ? 四日ですか?」
「うん、爺さんと二人で魔法で作るからね」
「おぉ〜! 女神メスカリ、感謝いたします」
ヘイズ枢機卿は、三拍子の指揮者みたく、その場で指で三角形を描きお祈りを始めた。
「やっぱ、作ってから残念なことになるのも嫌だから、前もって小さいのを作っておくか」
裕介は白大理石を魔法で運んでくると、空間魔法でいつも見ているセフィアがリーズを抱いたイメージを作り、液状にした大理石をその中に流し固めた。
ヨーロッパの彫刻のような、三十センチほどのリアル像が出来上がった。
「上手いものじゃのう!」
「それは!」
「こんなのでどうです?」
「斬新です! 新風が吹き荒れる予感がします!
おぉ〜、女神メスカリよ〜」
ヘイズ枢機卿は祈りまくりだ。
「やっぱり台座はあった方がいいな」
台座を付けて、なんだかトロフィーみたいになった。
「じゃ、ヘイズ枢機卿もお気に召したみたいだし、デカイのを作りますか!」
「先ずは台座からじゃの」
「芯になる台座を作って展望台にしようと思うんだ。だから階段もつける。台座の周りをドーム型の屋根にして中を待避所にしてもいいし、土産物屋やレストランにしてもいいようにしておく」
ここからは、空間魔法と土魔法のデモンストレーションのようだった。ビスタルクが石切り場から、次々と石材を切り出して、宙に浮かせ運んで来る。
裕介が、空間を加工して液状化して整形したり、石を四角に切り取ってブロック状にしたり。
重さ数トンの石材が宙を飛び交い形を変える。
ヘイズは驚きを通り越すと共に、危なくて近くにいられないので、遠巻きに見ているしか無かった。
初日で台座の芯が完成した。高さ七メートル。直径八メートルの円筒形の台座だ。
翌日からは、ホバークラフトに乗っての作業になる。横から見ないと全体が把握出来ないからだ。ただし、ホバークラフトの最高高さは二十メートルなので、台座の高さを引くとおへその辺りまでしか浮べ無い。
そこで裕介は像を石切り場近くで寝かせて作成して、最後に運んで台座に乗せることにした。
モアイを作るのと同じ方法だ。運べ無ければ分割して合体させればいい。像全体の重さは、多分数千トンになる。これまで裕介の魔力で、魔方陣でスッポンを浮かせたように、空間魔法でも限界を感じたことは無かったが、これは流石に無理かも知れない。
二日後、石切り場に寝かせたセフィアとリーズの像が完成した。作成中に何ども寝返りを打つように反転させたので、たぶんこのまま運べそうだ。
「じゃあ、行くぞ!」
裕介は高さ二十メートルの像を魔法で起こす。
静かに像が立ち上がった。
それを見て驚いたのは、スレブの民衆だ。
前もって布令られてはいたが、期間が短じか過ぎて知れ渡ってはいない、山の上に女神メスカリがパミルを抱いた像が、突然現れ、移動を始めたのだ。
人々は、本物の女神の降臨だと思い、皆、地に平伏して祈りを捧げた。
民衆が、吉兆だと思ったのかどうかはわからない。巨大な動く像に人々は畏怖し、誰もが本物のメスカリだと信じた。
デモンストレーションにしては、度が過ぎるイベントだったため、他の枢機卿も教皇までもが、外に出て動くメスカリを見物し、手を合わせた。
裕介が作った像は、この時点で紛い物ではなく、女神メスカリとしてスレブ国民に認定されたのだった。メスカリ像は無事に台座まで移動して、裕介の手により台座と一体化された。
メスカリ像が所定位置に座ると、民衆がそれぞれに捧げ物を持って、山を登り始めた。
「ヘイズ卿、これでは危険で残りの作業が出来ません。完成まで立入禁止にしてください」
「いま、軍に要請を出したところです」
スレブは宗教国とは言え、一応は軍も持っているようだ。十字軍では無く三角形を書いてお祈りするので、トライアングル軍とでも呼ぶべきなんだろうか?
立入禁止になるまで、一日休みにして、仕上げの作業を再開した。台座にアルミ製のドーム屋根を付け、展望台や周りを整備して手すりや階段を付ける。
植木を植え、ベンチを置いたら公園らしくなった。巨大な聖母像のようなメスカリ像が山の上に完成した。
遠目からは、子供を抱いて銀色に輝く雲に乗った白い女神像に見える。抱いた子供や民衆を慈しむようなその表情に人々が好感を持ち、慕われることになる。
この山は後にペンテコステの丘と呼ばれるようになり、スレブの聖地の一つになった。
八人の枢機卿と教皇の満場一致のお墨付きが出、裕介とビスタルクはスレブの恩人となった。
その感謝の印として、スレブ名誉国民に認定された。枢機卿の選挙権を持つ他、望めば枢機卿にも立候補出来るそうだ。当然、税金は要らないらしい。
実のところは、別にどうでも良かったのだが、くれると言うものはありがたく頂かないと、角が立つ。
すると、それを聞きつけたロン王が、裕介とビスタルクを取られまいと、アルバスも名誉国民に認定すると言い出した。スレブのは貰って、アルバスのは要らないとは言え無いので、裕介は二つの国の名誉国民となり、二つの国で税金免除となった。
と言っても、身内が政府首脳を務めるベイグルを抜けるわけにもいかないので、税金免除は絵に描いた餅でしかない。