165 巨大神像
リーズは三ヶ月になった。
首が座ってセフィアをママがと分かるようになってきた。「あーあー」とか、「うー」しか未だ話せないが、時々裕介にニンマリと笑い、ダーとか言う。
「なんで、あんな可愛い娘と離れてこんなところに!」
「お前さん、それを言うのは、今日、六回目じゃぞ。ワシとて愛するグィネヴィアと離れたくないわい」
「爺さんは、もう八十年も一緒にいたじゃんか。俺は未だ三ヶ月だぞ!」
「ワシは、もう後何年もは、一緒におられんのじゃ!」
裕介とビスタルクは、スレブのサルサバドルに来ている。
ロン王にスレブに行って、巨大神像を作って欲しいと頼まれたのだ。スレブは、メスカリ教の総本山のある宗教国だ。メスカリ教は元々イスロン発祥の宗教だそうで、農耕の女神メスカリを最高神とする宗教だ。
アルバス王宮のヘラ池を見たスレブの枢機卿が、そんな凄い土の勇者がいるのなら、是非うちの神像をお願いしたいと言ってきたらしい。
ロン王としては、スレブとは友好関係を保ちたいらしい。
アルバスからの正式な国賓として、迎賓館に迎えられロン王と約束したヘイズ枢機卿に迎えられる。
「大魔法使いのビスタルク様と土の勇者のユースケ・カワハラ様。お忙しい中を無理なお願いを聞いて頂きまして恐縮です」
枢機卿と言えば、教皇の側近だろうに、腰の低い人だ。でも、大事なリーズとの時間を奪われたことは別の問題だ。ちゃっちゃと終わらして、さっさと帰ろうと裕介は思っていた。
「早速本題に入らせていただきます。どういう像を作れば良いのでしょうか?」
「我がメスカリ教の最高神、女神メスカリがその娘である麦の神パミルを抱いた像を作って頂きたいのです」
「と言われても、失礼ですが、私にはその女神に対する知識もイメージも何もないのですが」
「そうです! それで教団と無関係の方にお願いしたのです。恥ずかしい話しですが、これまでにも作られたメスカリやパミルの像はいくつもあるのです。しかし、昨今の流行りといいますか、どの像も古臭くマンネリ化しております」
「今後の教団運営や布教活動を考えますと、今回作る像を新しいイメージで一新すれば新風が吹くのではないかと考えています。この国の教団内部の者では、やはり色々なシガラミや生活みたいなものがかかっておりまして、なかなか一新するものまでは作れません。そこで教団と関係のないお二方にお願いした次第です」
なるほどな。教団の外部者に作らせて、後で問題になった時は責任を擦り付けてしまおうって腹なんだな。いやらしいな。軽い宗教革命みたいなものか?
「と言われましても、我々の作った像で問題が起こった場合に責任を負いかねます」
「そうじゃの。作ったわ、こんなもの頼んだ覚えは無いと言われても困るしの」
「どなたにお願いしても、そう申されると思い、枢機卿の連名と教皇のサインを頂いた工事依頼書を用意させていただいております。これでいかがでしょうか?」
準備のいいことだ。ヘイズ枢機卿は、八人の枢機卿と教皇のサインの入った工事依頼書を差し出した。確かに、メスカリとパミルを貶めるようなものでない限り、どう作っても構わないと書いてある。ここまで用意されると断るにも断れない。貶めるという言葉が引っかかるが。
「この貶めるというのは、具体的にはどういうものでしょうか?」
「一般的な、公序良俗に反するものだとか、悪魔的なものだとか、後は子供がつくるよりも稚拙なものとかそういうものです」
「まさか、そういうものは作りませんよ。じゃぁ、本当にお任せでいいんですね。まぁ、気に入らなければ作った後で壊すことも簡単です」
「はい、是非とも、これまでにない、新しい感覚でお願いします」
「では、参考にこれまでの像を観させていただけますか? それと、現地の案内をお願いします」
「じゃ、ご一緒にどうぞ」
ヘイズ枢機卿に連れられて、教会の中に入る。
「ひょっとして、これですか?」
「そうです」
思わずひっくり返りそうになった。これまでの像は、言わせてもらえば土偶や埴輪に近い。よく頑張って南米の巨石? モアイみたいなのもある。これは稚拙なものでは無いのだな? 裕介は、一気に安心した。
『これなら、どう作っても斬新なのが出来そうだ』
そんなことを思いながら、枢機卿について、建設現場に足を運ぶ。
道中街を見渡すと、宗教国だけあって、人々の身なりも質素で簡素だ。家並みも道も石造りで、地中海の街のように漆喰で白く塗られている。玉ねぎみたいなのが付いているのが教会なんだろう。かなりの数がある。
案内されたのは、中央山脈の峰が街にせり出してきた、そこそこの山の頂だった。頂上は広く平らで頑丈そうな岩盤がむき出しになっている。
「ここに、街を見下ろすような像を作って頂きたいのです」
「ここにですか?! まるでリオのコルドバードの丘じゃないか。確かあのキリスト像は高さ四十メートルくらいあったぞ」
「コルドバード?」
「いや、こっちの話しです」
「材料はどうします?」
「こっちの峰を削って頂いて、使ってもらえればと思っていますが、可能でしょうか?」
「あぁ、それなら問題無いです」
白大理石がゴロゴロある。多分、タージマハールなんかと同じ石材だ。漆喰で塗ってあると思っていた各家に使っている石は、これだったのか、元々、この像を建てる場所が石切り場だったんだ。
「で、どんな石像にするつもりじゃ?」
「そりゃ、セフィアとリーズしか無いだろう?」
「そのつもりじゃと思ったわい」
「俺の女神だかんな!」