161 ヘラカレン
ヘラブナ釣りが王宮で流行り初めるのに、さほどの時間はかからなかった。春が来るころには、ベイグルのカレンの元にヘラ道具の問い合わせが押し寄せ、カレンや先代たちが作り続け倉庫で眠るだけだったカンゾウ竿は、業物として王宮内で重宝されるようになっていた。
もちろん、カレンもこの機を逃すまいと、ベイグルに居ながらも常連の釣り仲間に手紙で店番を頼み要求に極力答えていた。
ミリムセイコウにも問い合わせは来ていた。ミリムセイコウのヘラ竿は無いのかと聞かれるが、ミリム自身がヘラブナという魚を見たことも釣ったこともない。カレンに聞いて、当初は渓流竿で対応できそうなもので応えていたが、カレンと相談しグラスロッドで新たなヘラ竿を作ることにした。
こうして生み出されたのが、ヘラカレンという新たなミリムセイコウのヘラ釣りブランドである。
アルミやグラスファイバー、FRP、サファイヤ樹脂、ルビー樹脂、スラバールなどベイグル製の新素材をふんだんに使った、ヘラ竿、ウキ、サルカン、鉤、ヘラ台、万力、竿受け、タモ網などの商品をヘラカレンという総合ブランドで一つにまとめた。
このヘラカレンが、この後アルバスで爆発的に広がるヘラ釣りブームの、ベーシックな道具として重宝され、入門のヘラカレン、ベテラン向き業物のカンゾウ竿と言われるようになるのは、もう少し後のことである。
この頃、ミリムはとても忙しかった。エノスデルトの第二工場が稼働しはじめ、アミザ向けの商品の製作が進んでいた。エノスデルト周辺で土魔法が使える人達を高給を条件に雇い入れ、アミザのメルトが安定供給を約束した、アルミとステンレス、黄銅鋼などを原料に鉤やメタルジグやリールなどの金属製品を作っている。
竿はゲルトの方が材料が手に入りやすいため、ゲルトで竿やフィッシングウエアーを作るためのゲルト第二工場をアコセイサクショや、グレッグ研究所の繊維工場が並ぶ一角に建造中だ。ミリムグラスや眼鏡製品については、昔、裕介が言っていたフランチャイズ形式で各地に眼鏡専門店が増え始めている。
こういう工場や店をバイクやスノーモービルで走りまわり、指示をしていたがいよいよミリムが生産や指示に関わっている暇はなくなってきたので、自分は商品開発と企画に回り、各街に責任者を置いて、やっと自分の時間が取れるようになっていた。
そんな中、アルバスから来たカレンはミリムに取って良い刺激になり、ともすれば忘れてしまいそうになる自分の原点を思い出させてくれたり、違う観点からの釣り具のヒントを与えてくれていた。
「お兄さんは、良い人を、良い時に私の元によこしてくれる」
決して、裕介にそんな思惑があったわけではなく、ただの成り行きなのだが、ミリムはそう思って感謝していた。だから、キレトの方も相手をしたいのだが、その暇が取れない。春になったら、ゲルトに来て一緒に商品開発をして勉強してもらおうと思っていた。
そんな中、アミルがひょっこりやってくる。
「ミリム姉ちゃん、元気にしてたかい?」
「まったく、あんたは余裕じゃない!」
「余裕のなさが顔に出てるぞ、そんな眉間にしわを寄せてちゃ、恋人も出来ないぞ」
「アミル君の癖に、いっちょ前を言うようになったじゃない!」
「俺だって、もう十五歳だからね。恋くらい分かるさ」
「へぇ〜、そうなの? 誰か好きな女性でも出来たの?」
「そりゃ、いる事も無いでは無い事も無いけど…」
「えっ?! どっちなの? やっぱり、まだ恋は無理そうね」
「うるさい!」
「それより、姉ちゃん。新しいアイデアを思いついたんだ」
「新しいアイデア?」
「うん、亜湖ノートにあるカーボンって素材なんだけど」
「カーボンって、お兄さんがいつも言ってた夢の素材?」
「そう、強くて軽くて腐らない、夢の素材」
「出来るの?」
「出来るかどうかは、まだ分からない。でも試してみたい事があるんだ」
「ふーん、なに?」
「カレンさんにお願いがあってね」
「私かい?」
側で聞いていたカレンが驚いた顔をして、話しに加わる。
「若いっていいなと思って聞いてたけど、まさか私が恋の相手じゃ無いだろうね?」
「違わい!!」
アミルが大慌てで、顔を赤くして否定する。
「はっはっは、冗談に決まっているだろう」
「で、なにをすれば良いんだい?」
「これを木魔法で炭に出来ないかと思って」
アミルは、大事そうにアルミのシートで挟んで持って来た、薄い繊維の端切れを取り出した。
「これは?」
「ルビー樹脂のモノフィラメントで織った布です」
「へぇ〜、よくもまぁ、こんな細いフィラメントが作れたね」
ミリムが感心する。
「苦労したんだよ。まぁ、最初は防水性のシートを作りたかったんだけどね」
「ふーん、これを炭にすれば、カーボンになるの?」
「カーボンの話しは、私もユースケから聞いた事がある。ギガンテス孔雀の羽根並みに強くて軽い素材だと言っていた」
「そうです。土魔法じゃ有機化合物は扱え無いけど、木魔法なら樹脂を炭化させる事も可能じゃ無いかと思って」
「なるほど、良いよ。やってみよう」
「じゃあ、この五枚をお願いします。とことん炭化して下さい」
「良いのか? ボロボロになってしまわないか?」
「ボロボロになったら、違う素材をまた探します。今はこのルビー樹脂が一番濃厚なんです」
「分かった」
カレンは、切れ端を並べて順番に炭化させた。
「このくらいで良いかな?」
「やっぱり、炭化出来ましたね。ありがとう!」
アミルは、大事そうに元のアミルシートに一枚一枚を挟んで、持って帰った。